電光石火に憧れて【3:1 30分 時代劇台本】

男女比 3:1

紫電 男

当代最強の剣士の息子であり一番弟子。景光に敵う剣士が他に居ないので、罪を問わぬ代わりに父・景光を斬れとの下知が下る。21歳。才能を持って生まれ、努力を怠らなかったが、覚悟の定まらぬ弱さを抱えていた。何のために己が刀を振るうのか、その答えを知らぬが故に。

景光 男

電光石火と謳われた当代最強の剣術無双。地位も名誉も実力も兼ね備えていたが、ある日突然、味方の剣豪たちを切り捨てて姿をくらませた。49歳。

紫電が物心ついてしばらくしたころに妻を病で亡くしている。

若き日より刀一筋、他には何も必要としない剣鬼だったが、妻になる女性との出会いが彼を変えた。刀を握らぬ時間は増えたが、剣筋は衰えるどころか冴えわたるばかり。だが、その妻との別れが、鬼の血を疼かせる。その心中にあるものは――

薊 女

くノ一。21歳。紫電に下された命の行く末を見届けるお目付け役。生まれながらにして隠密としての日々を送り、窮屈さを感じつつもそれを受け入れていた。ある夜に、その諦観を断ち切る美しい閃きに出会うまでは。

宗十郎 男 

景光の弟子であり強者。類まれなる剣豪ではあるが、無骨さはなくどこか雅。31歳。何事も人並み以上に出来た彼が、その剣筋を一目見て『届かぬ』と悟り、『届きたい』と焦がれた。届かぬからこそ挑むのだと、人骨を断つ鋼を振り続けた、流麗の剣客

********************

以下 本編

********************

戦乱の世が鎮まり、幕府が盤石となり始めた頃。

人々が安寧を、文明が発展を手にする中で、死屍累々の戦場を忘れられぬ武士(もののふ)たち。

その中でも、当代最強と謳われた剣術無双と、その倅の物語。

 紫電の夢・数年前の回想・父との稽古

紫電:

「ふっ!ふっ!ふっ!」

景光:

「紫電、肩と腕に力が入りすぎだ」

紫電:

「しかし父上、力まねば父上の剣速に届きませぬ。電光石火とまで評されし父上の剣に並ぶためには、今ある全霊を一刀に乗せねば」

景光:

「ふっ、お主までそういうか。良いか、いかな豪剣、神速といえど、常に気を張り続けていては消耗するばかりだ。

刀を振るうその刹那にこそ、己が肉体を励起(れいき)するのだ」

紫電:

「刀を振るう、刹那」

景光:

「そうだ。斬ることにのみ神経を注ぎ、その剣筋を不動のものとする。そしてなお、構え、立ちあう最中には心身ともに自由でなければならぬ。その極みに至った時こそ、振り抜かれる刀身は神速に至るのだ」

紫電:

「不動であり自由、まるで禅問答です」

景光:

「はっはっは。左様。矛盾を孕むは人の背負いし業なれば、それを超克(ちょうこく)せし時こそ届く極地(きょくち)がある。お前にもじき、わかる時が来る。己が掌中に握る刀身に映(うつ)る、己が心中に向き合う時がな」

ト:現実・牢獄

紫電:

「夢、か」

ト:牢に歩み寄ってくる薊

薊:

「起きろ罪人。上様からの下知である」

紫電:

「―――」

薊:

「ふん。俯(うつむ)いたまま返事もなしとは、まるで抜け殻。

このような腑抜けに、役目が務まるのか。まあいい。試すか。

柳生但馬守紫電(やぎゅうたじまのかみしでん)、父に会いたいか」

紫電:

「――っ!」

薊:

「ふっ、人間らしい顔もできるのだな。だがその眼光、心中定まらずといったところだな。鈍い。そんなことでは、お役目は果たせぬ」

紫電:

「お役目とは、なんだ」

薊:

「無論、貴様の父であり此度の謀反の首謀者である柳生景光の首を持ち帰ること」

紫電:

「父上が謀反などっ!」

薊:

「この城のだれもがそう思った。城下の民草も。当世に並ぶものなしと言われた剣術無双の大名が、よもや主に反旗を翻すなどあるはずがないと。

しかし事実だ。城内の名のある剣豪を切り伏せ、その首を手土産に隣国に渡るべく城を発った、数名の手下と共にな。」

紫電:

「なにか、理由が」

薊:

「あったとしても、そんなものは関係ない」

紫電:

「なぜ、俺に下知が」

薊:

「申したであろう。名のある武士(もののふ)は皆切られた後だ。電光石火と謳われた景光の剣に匹敵する者は、実子であり最優の弟子であった貴様しか残っておらん。

じきに景光を超えるとまで言われた、貴様しかな」

紫電:

「そう、俺はその罪人の息子だ。故にこうして投獄された」

薊:

「背に腹は代えられんということだ。お前が見事景光の首を持ち帰れば、無罪放免とする。ここまでが、主命の内容だ」

紫電:

「親殺しを成して、余生を過ごせと」

薊:

「罪人を放つことを憂慮(ゆうりょ)する方もいらっしゃる。故に貴様はこの命に首を振ることもできる。

しかし、拒めばお前はその命果てるまで牢に繋がれたままだ。

さあ、選べ!そうやって腑抜けのまま徒(いたずら)に余命を浪費するか、己(おの)が身の潔白をしらしめ、父の汚名に幕を引くか」

紫電:

「俺は――知りたい。知らねばならない。父上の心中を。」

薊:

「決まりだな。支度をしろ。急ぎ後を追う。未だ関所からの報せはない。街道を外れての行進であれば、足取りもそう軽くはなかろう」

紫電:

「俺の刀は」

薊:

「ここに」

紫電:

「ならばよし。――父上の真意、必ずや」

薊:

「私の名は薊(あざみ)。目付け役として貴様に同行する」

紫電:

「忍(しのび)か」

薊:

「万が一貴様が景光の側に着くようであれば殺すように言われている」

紫電:

「だろうな。僅かな所作から、ただものではないのは見て取れる。罪人をただ野に放つのでは、お上(かみ)は納得せんだろうからな」

薊:

「仔細は道中話そう。では行くぞ、柳生但馬守紫電」

紫電:

「紫電でいい」

薊:

「なに?」

紫電:

「排した下命を無事に成し遂げても、但馬守のお役目を継ぐことはないだろう。柳生の名とて、残すべきではない。既にこの名は罪人の業に塗れた。

今この時より、俺は、ただの紫電だ」

薊:

「――いいだろう、紫電。既に雪がれぬ宿業、断ち切れぬ屍山血河とはいえ、その幕引きを担う覚悟が、貴様にあるのなら」

ト:紫電の刀を前に出す薊と、それを迷いながらも受け取る紫電

紫電:

「行こう。父のもとへ」

ト:国境山中・荒れ寺へ至る石段のふもと・夜

紫電:

「薊、まだつかぬのか?」

薊:

気ばかり急いてもろくなことにならぬぞ。だがまあしかし、頃合いではある。そこに長い石段が見えるだろう」

紫電:

「この上に?」

薊:

「そうだ。手下に斥候をさせた。この先の荒れ寺に、帯刀した浪人と思しき者たちが入っていったそうだ」

紫電:

「では馬はここまでだな。――気が滅入るほど長い石段だな」

薊:

「三日三晩、檻の中で胡坐をかいていた貴様の身体を解すには丁度よかろう。行くぞ」

ト:石段を登り始める二人

薊:

「紫電。貴様、まだ迷っているようだな」

紫電:

「なに?」

薊:

「馬を下りた途端にこれだ。足取りが重い。父を斬る覚悟が定まっていない証左だ」

紫電:

「っ!それは――」

薊:

「牢でも申したであろう。貴様の目は戸惑いを隠しきれずにいる。我々忍とは真逆だ」

紫電:

「忍びは、いかなる任を命じられようとも迷いはしないと、そう申すのか」

薊:

「いや、人である以上、感情を抹消することは不可能だ。迷いを持つこともある。

だが、忍とは心を刃の下に留めるもの。忍び耐えるもののことを、忍者と呼ぶのだ。

お主に感情を殺せとは言わぬが、その有り様では即座に斬られて終いだろうさ」

紫電:

「くっ――お主の言うとおり、俺は迷っている。何のために刀を振るうのか、何故剣術を修めたのか、一切を忘れてしまったように、剣を握る掌に力が入らぬ」

薊:

「しかし、もはや貴様以外に景光に太刀打ちできる使い手はおらん。我ら忍が束になろうとも、かの神速の剣筋に全て切り伏せられるのみ。

なればこそ、その迷い、早々に立ち切ってもらいたいものだ」

 紫電モノローグ

紫電:

「刀を振るう理由。俺は――物心ついた時には木刀を振るっていた。武を磨き、道場での試合をこなし、そして小さな戦や、野盗の成敗も成した。

戦乱を治め、悪事を裁く。その力としての剣術。そう、俺は衆生の暮らしを護るために、剣を振るってきたはずだ。

ならば、それを乱すものならば、たとえそれが父上とて斬らねばならぬ。だというのに、腑に落ちぬ。実の父だからか?剣の師だから?いや、もっと何か、別の理由が――」

薊:

「着いたぞ。奴らの潜む荒れ寺に」

紫電:

「もう永く打ち捨てられたままのようだ。規模はそれなりだが、至る所が傷んでいる」

薊:

「景光がまだ現役で、戦場にて刀を振るっていたころの名残(なごり)だそうだ。それ以来、人も寄り付かぬ秘所(ひしょ)となっていたのを、景光は覚えていたのだろうな。身を隠すのには最適だ」

紫電:

「見張りなどはいないようだが、奥に潜んでいるのか?」

薊:

「警戒しながら進むほかあるまい。景光はともかく、手下たちは追手が来たと判ずれば、即座に斬り掛って来るぞ」

ト:境内に入り、廊下を慎重に進む二人

紫電:

「ん?なにか匂うな。これは――」

薊:

「奥からだ。間違いない。これは、血の匂いだ」

紫電:

「進むにつれ、益々酷くなる。これほどとなると――」

薊:

「この襖の向こうだ。開けるぞ」

紫電:

「―っ!これは」

ト:謀反した武者たちの遺体。本殿の仏像は返り血で赤く染まり、まさに死屍累々。

紫電:

「見覚えのある顔ばかりだ。まさか、自分たちで殺しあったのか。なぜこのような」

薊:

「見ろ。血の海から這い上がったものが、残っているようだ」

紫電:

「あれは、血の足跡、か」

薊:

「追うぞ」

ト:荒れ寺の裏手にある滝の河原

ト:走ってたどり着いた二人

薊:

「はっ―はっ――っ!誰かいる」

紫電:

「血の跡は奴に続いている。間違いない」

宗十郎:

「今日は佳い月夜だ。せっかくの客人を持て成すのにこの有り様ではと水辺に来たものの、思ったより到着が早かったようだ」

紫電:

「貴様、何者だ」

宗十郎:

「こうして相まみえるのは初めてだったな。我が名は佐々木宗十郎。君の兄弟子にあたる者だ」

薊:

「佐々木宗十郎。景光の謀反に加わった一人だ。以前都(みやこ)にいたころは景光の一番弟子と名高い剣豪だったと聞く。十数年前に突如姿を消し、先日の謀反にて景光の傍(かたわ)らに仕えていたとの報せはあったが」

宗十郎:

「聞きたいことが山ほどあるのだろう?私が血と脂を洗い流す間なら、答えよう」

紫電:

「寺の中の死体、貴様が斬ったのか」

宗十郎:

「相違ない。私が斬った」

紫電:

「仲間ではなかったのか」

宗十郎:

「そうとも。故に斬った」

紫電:

「なぜ謀反を起こした。なぜ、仲間を斬った。貴様の目的はなんだ!」

宗十郎:

「強者との立ち合い。磨き上げた剣術の実践。それだけだ」

紫電:

「なに?」

宗十郎:

「幕府開闢(ばくふかいびゃく)より既に三代。日ノ本(ひのもと)は平定され、戦の喧騒は鳴りを潜めるばかり。我ら武士(もののふ)は英雄ではなく、過去の栄光に縋るただの棒振りとなるだろう」

紫電:

「太平の世では、名誉が得られぬと、そう申すのか」

宗十郎:

「ふっ、それも偽りではないが、我らの本懐は別にある。先ほど申したであろう」

紫電:

「強者との、果し合い」

宗十郎:

「そう。戦乱の世を渡り歩いてきた我ら武士は、一刀にて証を示してきた。武具や兵法が時代と共に移ろいゆこうとも、佩(は)いた太刀と磨いた技で生きてきた。生きる糧は、戦場(いくさば)にあるのだ」

紫電:

「それ故に、平和を乱し、集った仲間で真剣の果し合いさえするのか」

宗十郎:

「確かに、大戦(おおいくさ)の経験のないそなたや、主命をこなすこと以外に興味もないそこな忍には分かり得ぬだろうな。命がけで、極めた己が武を他者と研鑽したいという欲求は」

紫電:

「無事平穏に暮らすことが、衆生にとっての願い。それを護ることが、我ら武士の役目では?」

宗十郎:

「役目と欲望は往々にして異なるものだ。そうあれかしと他人に願われるものと、己が心のうちより出でたる望みが一致することなどそうあるまいて。

それにな、そなたは平穏を乱すと申したが、此度我らが切り捨てた剣豪は、みな笑みを浮かべて逝ったぞ。寺の中の同志たちもだ。

剣の道に生きるものは皆同じ不満を持つのだ。平和な世では己が腐る、苛烈な戦の中でこそ振るう刃は美しい、とな」

紫電:

「父上も、同じお考えなのか」

宗十郎:

「明確にお聞きしたことはない。だが、きっとそうだろう。

私は景光殿に頼まれて、この十数年で津々浦々(つつうらうら)を旅しておった。都(みやこ)に名を届かせぬ、隠れた剣豪を探し求めて。

だが、手応えのある使い手にはついぞ見(まみ)えることあたわず。

それをご報告差し上げたのがつい先日、謀反の前夜だ」

紫電:

「では、父上は己が剣に見合う相手はこの世におらぬと諦めて、身内の剣豪に果し合いを申し込んだと?」

宗十郎:

「おそらく、私の言の葉だけでは決心されなかっただろう。私が思うに、最後の後押しはそなただ、紫電」

紫電:

「俺が?それはどういう」

宗十郎:

「さて、時間切れだ。手も刀もすっかり綺麗に洗い終わった。これ以上の問答を続けたいのなら、その一刀にて――力ずくで押し通れ」

ト:剣を構え、雰囲気が豹変する宗十郎

紫電:

「っ!!」

宗十郎:

「抜かずともわかる。大戦(おおいくさ)の経験はなくとも、弛まぬ鍛錬によって磨き上げられたそなたの剣気、聞きしに勝る実力に相違なかろう。であればこそ、試させてもらう!」

ト:宗十郎からの一撃を受け止める紫電

紫電:

「ふっ!」

宗十郎:

「今度はこちらが問おう。気を散らして剣筋を過つなよ?」

紫電:

「謀反人に話す舌など持たぬ!」

ト:つばぜり合いから、宗十郎を跳ね飛ばす紫電

宗十郎:

「まあそういうな。兄弟子の戯言に付き合え―っよ!」

紫電:

「くっ!」

ト:袈裟懸けの一閃。受けるも手にしびれを感じる紫電。

ト:紫電モノローグ

紫電:

「確かに、俺と同じ流派、同じ型だ。それが、こんなにも重い。これほどの使い手は、同じ門下のものや先達(せんだつ)の中にもいなかった」

ト:つばぜり合いのまま問答する二人

宗十郎:

「私の理由は話した。次はそちらだ。そなたは何故剣を振るう?」

紫電:

「理由だと?」

宗十郎:

「そなたはそれが定まっていないのだろう。眼光にも剣筋にも、如実に見て取れる。折角練り上げたそなたの剣は、何も篭っておらぬ虚ろのなまくらだ。景光殿もさぞ悲しまれるであろう」

紫電:

「知ったような口を!はぁっ!」

ト:弾きつつ、数度の斬撃を繰り出す紫電とそれをいなす宗十郎

宗十郎:

「我ら侍は忍とは違う。心を刃の下に隠すのではなく、刃に己の心をのせ、刀身の切っ先までをも己が肉体の一部として振るうのだ。

だというのに、そなたの剣にはそれがない。まるで切られる気がせんな」

ト:紫電モノローグ

紫電:

「薊にも言われたことだ。宗十郎のいうとおり俺の心は雑念が渦巻いて、刀身に何も込められていない。しかし、それを抜きにしても、この男、強者だ!

かつて一番弟子と謳われただけのことはある。斬るという確固たる信念が、定まらぬ」

宗十郎:

「ふん。なるほど。わかってきたぞ」

紫電:

「っ!」

宗十郎:

「焦ったな。つまりそなたにも理解できるということだ。時に剣は、口などよりよほど雄弁に使い手の心を表す。数度剣を交えれば、見えるもののなんと多いことか」

紫電:

「ふっ!はぁっ!」

ト:紫電の切り上げる剣を上から押さえつけ膝下で止め、ぐっと距離を縮める宗十郎

宗十郎:

「そなた、憧れたのであろう?」

紫電:

「っ!!!」

宗十郎:

「わかるとも。他ならぬ私だからこそ、余計にな。市井の安寧を守護する、非道な悪事を断ずる、どれも後付けの理由だ。

そなたの剣は、憧れから始まった。小難しい理由などなく、ただ魅入ってしまったのだ。電光石火の太刀筋に、憧れたのだ。そうであろう?」

紫電:

「黙れっ!」

宗十郎:

「おおっと、怖い怖い。図星を着いたようだな。ああ、わかるとも。何せ私も同じだ。

電光石火に憧れて、その背を追い、刀を振るい続けた。私もそなたも、景光殿の剣に色濃く影響を受けている。

同じ流派の弟子という以上に、その心の在り様が似通っている。

だから迷っておるのだろう?一度は憧れたその剣が、強者を求めて平穏を乱した。

そんなものを追い求めた自分の剣とはなんなのか、それで父を斬ることなど出来るのか、斬ったところでその後の自分に残るものとは、そういう雑念に支配されている。

だから、鈍い」

紫電:

「くっ――」

宗十郎:

「ならば、思い出させてやろう。その起源を」

ト:景光と同じ構えをする宗十郎

紫電:

「それは―」

ト:一呼吸で深く踏み込み、神速の一閃を繰り出す宗十郎

宗十郎:

「シッ」

紫電:

「くっ――かはっ」

ト:間一髪刀身で受けるも、押し出され荒れ寺の朽ちた柱に背中を打ち付ける紫電

薊:

「紫電!」

宗十郎:

「ほぉ、受け切ったか。胴と脚を断ち切ったつもりだったがな」

薊:

「くっ、かくなる上は―」

宗十郎:

「やめておけ、忍ごときでは私の相手は務まらんよ。それに―」

ト:立ち上がる紫電

紫電:

「ごほっごほっ。――ああ、そうだ。その剣だ。よく似ている。父上の太刀筋に。

稲光(いなびかり)のように、音を置き去りにする神速の一太刀。確かに俺は、それに見惚れた。俺もそうありたいと、剣の腕を磨いた。

――ありがとう。思い出させてくれて」

薊:

「紫電お前、流血がひどいぞ」

宗十郎:

「なればこそよ。興奮が武士の目を醒ます。血肉が湧きたつその鼓動が、かの電光石火を初めて目にした時の感動を想起させる。

宗十郎:

それこそまるで、雷に打たれたような激情をな」

紫電:

「さあ兄弟子よ。返礼だ。構えられよ」

宗十郎:

「良い目になった。それでこそあの人の息子」

紫電:

「では」

宗十郎:

「死合おうか」

ト:両者同じ構えをとる。間。(演者さんで良い感じに間を空けてください。次のセリフは順番でも同時でもいいです)

紫電:

「ふッッ!!」

宗十郎:

「シィッ!!」

ト:間をあけて

紫電:

「ぐはっ――」

ト:紫電わき腹から出血、倒れる

薊:

「紫電!」

宗十郎:

「ふっ、流石は景光殿。良い剣を、お育てになられ、た」

ト:宗十郎、右肩から左腰に掛けて袈裟懸けに刀傷を受け、仰向けに倒れる。

宗十郎:

「まさしく、紫電なれば、あなたの望みが叶うのも、遠からじ」

薊:

「紫電!目を閉じるな紫電!紫電!!」

ト:紫電昏倒

ト:紫電の夢・数年前の回想

ト:屋敷の廊下を慌てた様子で駆ける景光

景光:

「日和!日和!!」

ト:妻、日和が病に伏せ長くなるその自室の襖をあける景光

景光:

「日和!!」

ト:泣きながら母の横で蹲る(うずくまる)紫電

紫電:

「父上…!母上は、つい先ほど、息を、引き取られました」

景光:

「っ!最期には、立ち会えなんだか…」

紫電:

「うっ、ううっ」

景光:

「日和は、母は最期に、なんと申しておった」

紫電:

「父上には、身体を大事に、永く、健やかにと。そして、感謝を、と」

景光:

「そうか――お前には、なんと」

紫電:

「母は、俺に―――」

ト:荒れ寺ふもとの村、とある家の囲炉裏の傍

紫電:

「ん――」

薊:

「やっと起きたか、紫電」

紫電:

「薊、これは」

薊:

「近くの村のものに世話になっている。傷も死に至るものではない。寝ておれ」

紫電:

「いや、このごつごつとした枕はもしかするとお主の膝まぶふぉ!」

ト:薊の張り手が、紫電の頬から派手な音を鳴らす

薊:

「元気そうでなによりだ。回復が早いに越したことはないな!

薊:

まったく、誰があの長い石段をおぶって降りてやったと思っているんだ」」

紫電:

「宗十郎の太刀を受けた時より響いたな・・・はっ!宗十郎は!どうなった」

薊:

「事切れたよ。最期の言葉は、待ち人はこの先の薄野原(すすきのはら)にあり、だった」

紫電:

「そこに、父上が」

ト:起き上がろうとする紫電

紫電:

「うっ!」

薊:

「まだ安静にしているべきだ。景光の目的は他藩(たはん)への逃亡ではなく、貴様を待っているのだと分かったのだからな、急ぐ必要はない」

紫電:

「いや、この痛みがあるうちに、立ち会わねばならぬ」

薊:

「なぜだ」

紫電:

「痛みがある方が、生を実感できる。これから臨む死地には、それが必要だ」

薊:

「そうか。では、肩を貸してやる」

紫電:

「ん?なんだお主、急に優しくないか?」

薊:

「思い違いをするなよ、うつけめ。主命の遂行以外に、私の望むものは無い」

紫電:

「ふむ、そうか。まあいい。頼む」

薊:

「では行くぞ、最期の地へ」

ト:夕刻・薄野原(ススキのはら)

景光:

「やっと来たか。儂の死神が」

紫電:

「お待たせ致した。父上」

景光:

「ふん。良い貌(かお)になった。宗十郎は佳い働きをしてくれたな」

紫電:

「そういう手筈だったのですね父上。宗十郎とこの俺、勝った方があなたの相手を務めると」

景光:

「そうだ。謀反に参加した者もみな、己の意志と、俺の我侭(わがまま)に付き合わせてしまった。まあ、きっといい顔して逝けたのだろう。

もし誰も来なければ、このままふらりと旅に出て、名のある剣豪を皆切り伏せるつもりだった。まあ宗十郎曰く、期待は出来そうもないがな」

紫電:

「ここまで――こんなにも大掛かりにする必要があったのですか」

景光:

「あった!!あったとも。ただの試合では得られない生の実感、死の恐怖。その狭間においてのみ武は極まる。お前もそれを実感しているのだろう」

紫電:

「ええ。宗十郎と死合う中で、俺は確かに迷いを捨てて剣に向き合うことが出来た。自分が何故刀を手に取ったのか、思い出せたから」

景光:

「では問おう。紫電よ。お前が剣を振るう理由はなんだ」

紫電:

「始まりは憧れだった。だが今は違う。俺は、護るために刀を振るう」

景光:

「衆生を救わんと申すか。そのような抽象的な絵空事では、信念は確固たるものにならぬぞ」

紫電:

「否。そうではないのです、父上。私は、母の遺言を思い出しました。母上は、俺の手の届く範囲の、護りたいと思うものを護りなさいと、そう言い遺したのです。

所詮、衆生を救おうなどというのは、一介の武士には過ぎた理想。なればこそ、護りたいと心の底から思えるものをこそ、全霊をもって守護する。そのために、人斬りの業を背負うと、俺は自身に誓ったのです」

景光:

「そこな忍の娘もそうか」

紫電:

「左様」

景光:

「ではなぜ儂を斬らんとするか。儂がこれから斬る剣豪には、当然友人や家族が居ろう。悲しみもしよう。だがそれは、お前が全霊をもって護るものではないはずだ」

紫電:

「今申し上げたは、これから先俺が刀を取る理由なれば、今日ここにおいてのそれは、また別にございます」

景光:

「ほう。それは?」

紫電:

「父上、あなたを、超えるため」

景光:

「ふっ。ふははは。ふはははははははははははははははははははは!

よくぞ吠えたっ!我が息子にして最も優れた教え子よ!剣を磨く者として、やはり覇を競う欲望には抗えまい!

借り物の起源、借り物の言の葉より、余程響くわ!」

紫電:

「母上の言葉を胸に刻み、それをただの借りものにしない俺自身の決意に、嘘偽りはございません。

しかし、父上の剣に、電光石火に憧れたこの滾る熱意もまた、真(まこと)に胸を燃やす熱なれば、俺は今日、貴方を超える」

景光:

「よかろう!ではさっそくと言いたいところではあるが、お前の剣気は、いささか足りぬ。

怪我のせいもあろうが、その分は精神を張り詰めなければな」

紫電:

「なにを――っ!」

ト:景光、神速の抜刀居合にて薊の首を一閃。察知した紫電、間に入りそれを受け止める。

景光:

「ほう、よくぞ止めた。あと刹那ほどでも遅ければ小娘の首は飛んでおった。が、刃は確かに届いたぞ」

薊:

「ごぱっ」(衝撃で内出血し、気道に血液が流出。血が泡立つような呼吸)

紫電:

「薊!ふんっ!」

ト:景光を押し返し、間合いを取る紫電

景光:

「無論即死ではない。しかし首だ。放っておけば血を流しすぎて死ぬ」

紫電:

「くっ!」

景光:

「紫電よ。一太刀だ。もとより達人同士の果し合いはつばぜり合いなど起こりはせん。互いの全霊の一太刀でもって勝負は決する。

故に!己のみでなく、お前が護ると定めた小娘の命も賭けさせてもらった。これでお前は、儂との果し合いに時間をかけてはおられん」

紫電:

「父上!」

薊:

「ごほっ。景光、よ。忍を、なめるな、よ」

ト:クナイで自害しようとする薊

紫電:

「ふっ!!」

ト:クナイを弾き飛ばす紫電

紫電:

「忍は本当に躊躇いがないな。もう少し心を表に出せ。案ずるな、すぐ助ける。何があってもお主を助けると、俺は既に心に定めたのだ」

薊:

「し、でん」

景光:

「ふっ。確かにその剣速、もはや儂と肩を並べる域にある。しかし憤(いきどお)りは隠せておらんな。感情を高ぶらせ刀に乗せるもよかろう。しかし、教えを忘れるな。斬ると定めた剣筋は不動!」

紫電:

「――しかして、心は自由に」

景光:

「左様。生と死、静と動、その狭間を往く心身の在り様はまさに明鏡止水。その果てに、儂は剣の高みを、お前は愛する者の守護を見出さんとする。

その雌雄を決するこの刹那、今生にて最良のひと時に相違ない。

景光:

――これ以上、紡ぐ言の葉は不要」

紫電:

「すぅ、はぁ(深呼吸)」

景光:

「いざ」

紫電:

「参る」

ト:間(演者さんで良い感じに間を空けてください。次のセリフはなるべく同時で。)

景光:

「せいっ!!」

紫電:

「はぁっ!!」

ト:間

景光:

「――見事ッ!」

ト:景光、絶命。紫電、右頬に一筋の傷、右耳横一線に切れる

紫電:

「はぁ、はぁ、はぁ――っ」

ト:紫電モノローグ

紫電:

宗十郎の言葉が、ふと思い起こされた。時に剣は、口などよりよほど雄弁に使い手の心を表す。

父上の剣は、覇を競い頂(いただき)に至ることを望んでいた。それは間違いない。

だが、俺と同じように、秘めたる思いが確かにあった。奥底にあったのは、亡き母の、笑顔。

紫電:

「さらば、父上」

 納刀。薊の元へ駆け寄る

紫電:

「傷口を押さえろ。背負うぞ」

薊:

「し、でん、わた、しは」

紫電:

「喋るな阿呆。浅いとはいえ首が切れておるのだぞ。すぐ手当てせねば」

ト:薊、モノローグ

薊:

この時、私は言ってやりたかったのだ。私は心を表に出さなかったのではない。出したが故に、自刃しようとしたのだと。

貴様がかつて、景光の剣に魅入ったように、私もまた、貴様の剣に魅入ったのだと。

お前の枷になるくらいなら死んでしまいたいと、主命のことなど失念していたのだと。そう、告げたかった。

宗十郎に言い当てられた不安が、まだ貴様の中にあったとして、それを心配する必要はないと断言できるほど、彼らと紫電の剣は、違っていたと、伝えたかった。

だがまあこいつは、私のことを護ると口にしたのだから、小言は後回しにして、今しばらく、この背中に揺られているのも悪くはない。

痛みも主命も忘れて、このまま眠りに落ちるのも、いいものだ。

  

ト:締めナレーション。誰でもいいが紫電役以外の人推奨。景光役の人がおすすめ。

ナレ:

かくして、電光石火に憧れた一人の武士は、紫電一閃にてそれを超え、抜け忍とともに国を発った。日々行く先々で、佩いた一刀の届く範囲の衆生を救う流浪になり、今日もいずこかで、護るべきものの為に、刀を振るう。

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