緋雨月虹~Dancing in the Scarlet Rain/Bow~【1:2 50分 ジュブナイル伝奇】
篠宮蓮・男性
しのみやれん。退屈から飛び立ちたい少年。 なんでもできるタイプと自負しているし周りからもそう思われているが、そう思っている時点でまだ世の中を知らない、『これから』がまだたくさんある少年。
嶺村希裡依・女性
みねむらきりえ。隠し事がたくさんある、蓮の幼馴染。部活はやってないけどフィジカルはとてもすごい。
霧崎綺華・女性
きりさきあやか。もともともっていたけど、我慢できていた殺人衝動を、悪霊に取りつかれたことで開放させてしまった家族思いの殺人令嬢
0:で始まる行はト書きの意味です。
以下本文
0:回想
霧崎綺華:「あっははははは!ふふ、うふふ、あはははははは!」
篠宮蓮:「綺麗だ、と思った」
霧崎綺華:「ふふっ、んふふ、あはははは」
篠宮蓮:「夜に虹が出ることを、この時初めて知った。その日は満月で、そこには雨が降っていた」
霧崎綺華:「あははははははははははは!」
篠宮蓮:「真っ赤な血の雨と、月虹に照らされた彼女は、とても人とは思えない、人でなしの美しさだった」
0:現時点・高校・教室・放課後・鳴り響くチャイム・居眠りから起こされる蓮
嶺村希裡依:「ちょっと蓮!起きなよ。ホームルーム終わったよ」
篠宮蓮:「ん、んぅ――希裡依か」
嶺村希裡依:「おはよ、ねぼすけさん。あの短い間によく寝られるね」
篠宮蓮:「昨日、ちょっと寝付けなくて」
嶺村希裡依:「ふーん。ま、思春期男子は忙しいわよねぇ」
篠宮蓮:「下種(ゲス)の勘繰りは止せよ」
嶺村希裡依:「いーじゃん。幼馴染なんだし、よく見るビデオのジャンルとか言っちゃいなよ~」
篠宮蓮:「言ってどうなるんだよ。(席を立ちながら)」
嶺村希裡依:「そりゃ今後の参考に…ってちょっと待ってよー起こしてあげたのに」
篠宮蓮:「気楽さと気安さをはき違えるなよ。思春期男子はデリケートなんだから。おっと、ごめん」(教室内の希裡依に声をかけながら歩いていたため、出口で人とぶつかる)
霧崎綺華:「あら、こちらこそごめんなさい。でも、ちょうどよかった」
篠宮蓮:「っ!君は…」
霧崎綺華:「はじめまして。霧崎綺華です。隣のクラスの」
篠宮蓮:「あ、あぁ。篠宮蓮、です」
霧崎綺華:「ふふっ、そんなに緊張しないでください」
篠宮蓮:「あーいや、緊張ってわけじゃ…ちょうどよかったってのは?」
霧崎綺華:「あなたを探していたんです。ちょっとお時間、よろしいですか?」
篠宮蓮:「あ、あぁ。希裡依、先帰っててくれ」
嶺村希裡依:「え、ちょ、蓮!」
0:にこりと優雅に笑みを浮かべる綺華と、それを受けて険悪な顔になる希裡依
嶺村希裡依:「あの人…」
0:場面転換・屋上・放課後
篠宮蓮:「まさか校内一の人気者に屋上に呼んでもらえるなんてね」
霧崎綺華:「ふふ、恐縮です」
篠宮蓮:「思春期男子としては、いろいろ期待しちゃうとこなんだけど」
霧崎綺華:「ご期待には沿えないかもしれませんけど、でも、想像の範疇ではあると思いますよ」
篠宮蓮:「…」
霧崎綺華:「昨夜は良い月夜でしたね」
篠宮蓮:「あぁ、まったく綺麗な夜だったよ。珍しいものも見られたし」
霧崎綺華:「珍しいものとは?」
篠宮蓮:「月の光に照らされて、虹が見れたんだ」
霧崎綺華:「まあ素敵。でも昨夜はどこも晴れていましたよ。局所的な雨も――」
篠宮蓮:「降ってただろ。君のところに血の雨が」
霧崎綺華:「素直にお認めになるんですね。昨夜、あの場にいたことを」
篠宮蓮:「ばっくれてみようかとも思ったけどね。現実味もなかったし、本当に綺麗だったから、もしかしたら夢かなって」
霧崎綺華:「まぁ、ずいぶんロマンチックにおっしゃってくださるんですね。人を殺めて哄笑を上げる私は、品がないものと恥をしのんでお声を掛けましたのに」
篠宮蓮:「とんでもない。もし夢ではないのなら、またお目にかかりたいくらいだ」
霧崎綺華:「――本当に?」
篠宮蓮:「誓って本当だよ」
霧崎綺華:「どなたに誓うので?」
篠宮蓮:「昨夜の月虹、とかどうかな」
霧崎綺華:「んふふ。それは、素敵ですね」
篠宮蓮:「恐れ入ります、お嬢様」
0:綺華、携帯に家族から着信
霧崎綺華:「あっ。ごめんなさい。お母さまからで、少しよろしいでしょうか?」
篠宮蓮:「ああ。構わないよ」
霧崎綺華:「ありがとうございます。もしもし、お母さま?ええ、少しご学友とのお話が――」
0:楽しそうに通話する綺華を見て蓮のモノローグ
篠宮蓮:「本当に幸せそうに話してる。家族とはいい関係なんだろうな。互いに心配し、愛し合い、そういうのが見て取れる。昨日の夜のあの笑顔とは、また違った良い顔をしてる」
霧崎綺華:「ええ、はい。では。(通話切る)ごめんなさい、篠宮さん、お待たせしてしまって」
篠宮蓮:「全然。お母さんとは仲いいんだね」
霧崎綺華:「はい!お父様とも弟とも、良い家族で居られていると思ってます。私なんかにはもったいない、素朴で、善良で、誇らしく思えるほどの良い両親と弟なんです」
篠宮蓮:「良いことだよ。とてもね」
霧崎綺華:「でも、秘密を知っているのは、貴方だけですわ。篠宮さん」
篠宮蓮:「光栄だね」
霧崎綺華:「では、こちらを」
篠宮蓮:「これは?」
霧崎綺華:「招待状です。ぜひいらしてください。では、夜更けにお会いできるのを楽しみにしております」
0:屋上を去る綺華・招待状を見つめる蓮
篠宮蓮:「人殺しの茶会って、ドレスコードとかあるのかな」
0:場面転換・昇降口(下駄箱)・蓮が降りてくるのを待ってた希裡依
嶺村希裡依:「あっ、蓮ー!」
篠宮蓮:「希裡依、待ってたのか」
嶺村希裡依:「校内一のお嬢様に連れていかれた幼馴染に、事情聴取しなきゃいけないからね」
篠宮蓮:「告白だった」
嶺村希裡依:「うそ!?」
篠宮蓮:「うそ。(靴を履き替えながら)」
嶺村希裡依:「もー蓮のバカ。で、ほんとは何だったの?(二人とも帰り道を歩き出す)」
篠宮蓮:「招待状もらった」
嶺村希裡依:「招待状?」
篠宮蓮:「静かな夜に行われる、秘密のパーティってとこかな」
嶺村希裡依:「行くの?」
篠宮蓮:「んー、行く」
嶺村希裡依:「やめなよ」
篠宮蓮:「何で?」
嶺村希裡依:「何ででも」
篠宮蓮:「…」
嶺村希裡依:「蓮は、何でもできるもんね」
篠宮蓮:「なんだよ急に」
嶺村希裡依:「何でもできて、でもこだわりもなくて、めんどくさがりで、効率よくて、いろんなものがつまんないんだよね」
篠宮蓮:「さすが、幼馴染だな。ご明察」
嶺村希裡依:「だから、お嬢様の招待状がとっても魅力的に見えるんだろうけど。でも、やめときなよ」
篠宮蓮:「…何で?」
嶺村希裡依:「…何ででも」
篠宮蓮:「…検討する。(先に歩き出す)」
嶺村希裡依:「(蓮の背中を見ながら)ばーか」
0:深夜2時・下町の入り組んだ奥地、無人の廃墟ビル。壁はいたるところが崩れ、窓は割れている。大きく崩れ、大穴が空いている場所からは、月光が差し込んでいる
霧崎綺華:「いらっしゃい。篠宮さん。ようこそ、秘密の茶会へ」
篠宮蓮:「お茶が出るの?」
霧崎綺華:「いいえ。でも、余興のショーは見ごたえがありますよ」
篠宮蓮:「だろうね」
霧崎綺華:「私が言うのもなんですが、よくお越しくださいましたね」
篠宮蓮:「普通は、来ないんだろうね」
霧崎綺華:「ええ。普通は」
篠宮蓮:「友達にも止められたよ。やめとけって」
霧崎綺華:「ご友人――お声がけした時にいらした、女性の方ですか?」
篠宮蓮:「ああ」
霧崎綺華:「そうですか」
篠宮蓮:「で?今日はどんなショーなんだ?」
霧崎綺華:「ふふっ。好奇心旺盛なのですね。私のショーは週に3回程度。居なくなっても誰も気づかないような方をお招きして、私が満足するまで踊っていただく。今日のゲストは遺族年金を頼りに日々をつつましく送っておられる独居の方ですね」
篠宮蓮:「その人は、悪人なの?」
霧崎綺華:「いいえ。ごく普通の方です。私に目を付けられたのは、運が悪かったから、ですね」
篠宮蓮:「そっか」
霧崎綺華:「私が、世直しのために手を汚す正義の代行者だとか、お思いでしたか?」
篠宮蓮:「それでもよかった。どっちでも。俺はただ、退屈から救われたいだけ。君は?」
霧崎綺華:「私も、少し退屈していたんです。昨日、貴方に見られてしまったときはもちろん焦りもしましたけれど、同時に気づいたんです。観客がいるというのも、悪くないのかもしれないと」
篠宮蓮:「狂ってるね、何もかも」
霧崎綺華:「ええ。人を切りたい、なんて思ったのはいつのことでしたでしょう。それが我慢できなくなったのは数か月前からですが、こんなことなら我慢なんてするんじゃなかったと、思っておりましてよ」
篠宮蓮:「数か月前から、急に?」
霧崎綺華:「ええ。だから、もしかしたら悪霊が憑りついたのかもしれません」
篠宮蓮:「悪霊、ね」
霧崎綺華:「でも、そう思いたいだけで、結局はこれが私の本性なのかも」
篠宮蓮:「そっか。でも、どっちでもいいよ」
霧崎綺華:「これも、どっちでもいいんですか?」
篠宮蓮:「俺はただ、昨日見た血の雨と月の虹がきれいで、また見たいと思っただけだから」
霧崎綺華:「そうですか。さて、そろそろゲストがいらっしゃる頃ですが――」
嶺村希裡依:「来ないよ。あの人は家に帰した」
霧崎綺華:「…まぁ」
篠宮蓮:「なっ!?」
嶺村希裡依:「それと、蓮には悪いけど、このイベント会場は、今日で閉鎖だよ」
篠宮蓮:「希裡依!?」
嶺村希裡依:「だから行くなっていったのに。バカ」(普段の制服姿だが、太めのベルトに短剣を帯刀している)
霧崎綺華:「先ほどのお友達の――篠宮さんが教えた、訳ではないでしょうね」
嶺村希裡依:「あなたをつけたのよお間抜けさん。初めて観覧客を招くのに浮かれていたのね」
霧崎綺華:「まあ、これはお恥ずかしい。―――貴女、祓い屋ですのね」
嶺村希裡依:「じゃ、特に話すこともないし、おしまいってことで。バイバイ、お嬢様。ッ!!」
0:希裡依、踏み込み、一瞬で間合いを詰めて鳩尾に肘を埋めようとする。綺華、両手で防いで後方へ飛ぶ。
霧崎綺華:「ふふっ。護身術も嗜んでますの」
嶺村希裡依:「あっそ。じゃ、使いたくなかったけど」(帯刀している短剣の形状をした武器を抜く。刃はなく、儀式用の剣)
篠宮蓮:「刃のない、剣?」
霧崎綺華:「では私も」(綺華、スカートをめくり、太腿部のベルトに差し込んである匕首を抜く。いわゆるヤクザが持ってるドス。少し小さめ)
篠宮蓮:「ちょ――」
嶺村希裡依:「シッ!」(剣を振る。洗練された剣筋を繰り出す時の希裡依が出す声は、ボクサーの打撃時のそれに近い)
霧崎綺華:「ふふっ」
0:互いの武器が激突し、鋭い眼光が交差する。
0:蓮モノローグ。その間剣戟が廃墟に響く
篠宮蓮:「止めるべきなんだろう。普通は。同じ高校に通う女子二人が、凶器をぶつけ合って、殺し合っているんだから
篠宮蓮:でも、ここに普通なんてなかった。異常だけで満ちていた。
篠宮蓮:校内一の人気者、清廉潔白な深窓の令嬢は、スカートの中に刃物を隠してる、人殺しの愉悦に耽る変質者で。
篠宮蓮:長い付き合いで、どんな奴なのかなんて知りつくしてると思ってた幼馴染の少女は、中二チックなベルトにおかしな剣まで携えて突然現れた。
篠宮蓮:俺は俺で、退屈な日常から道を踏み外したくてここに来た変わり者だ。
篠宮蓮:だから、俺は目の前で起こる殺し合いを見て、止めるどころか―――自分自身の踊る胸が、全身に熱い血潮を送り出す悦びに震えていた」
霧崎綺華:「くっ!」(剣を交え、つばぜり合いの格好で)
嶺村希裡依:「あんた、何人殺したの?」
霧崎綺華:「おあいにく様。数に興味はないので、覚えておりません」
嶺村希裡依:「じゃ、なんで殺してんの」
霧崎綺華:「囁くんですのよ。私の中の何かが。それに、ふふっ。はしたないと思われるでしょうが――骨肉を断つ感触が、恋しくて」
嶺村希裡依:「あっ――そ!!」(力を込めて綺華の剣を押しのけ、綺華はのけぞり、腕が勢いに負けて上に伸びる。そのまま希裡依は短剣を振り下ろし、綺華の利き手の二の腕を強打する)
霧崎綺華:「ぅあっ!」(綺華、そのまま倒れ込みしりもちをついた格好になる。それを見下ろす希裡依)
嶺村希裡依:「今度こそバイバイ、お嬢さ―」
篠宮蓮:「待て希裡依!」(間に割って入る蓮)
嶺村希裡依:「バカ。何やってんの、蓮」
篠宮蓮:「彼女を、どうするつもりだ、希裡依」
嶺村希裡依:「どうって――ボコって、通報するだけ」
篠宮蓮:「嘘だな。俺にはわかる」
嶺村希裡依:「こんな時に幼馴染全開にしてこないでよ」
篠宮蓮:「待ってもらえないか」
嶺村希裡依:「無理だって、分かってて言ってるんだね。らしくないよ、蓮」
篠宮蓮:「まったくだ。でも、できれば見逃してほしい」
嶺村希裡依:「見逃したって、またそいつは人を殺す。それを見過ごすなんて、同罪だよ。蓮は人殺しになりたいの?」
篠宮蓮:「それは――その光景が衝撃的だったのは確かだ。でも、俺は自分の人生を変えるきっかけがあるかもしれないから、ここに来た。人を殺したいわけじゃないけど、その先に何か、俺の人生を変えてくれる何かがあるなら」
嶺村希裡依:「その女が、そうなの?」
篠宮蓮:「かもしれない。そこに、人殺しが不可欠なのか、それともそんなのはどうでもよくて、彼女そのものにその何かを感じているのか、見極めたい。時間が欲しい。だからっ!」
霧崎綺華:「(蓮の耳元で)いけませんよ、篠宮さん。そんなに素敵で無防備な背中を見せられたら私――」
0:蓮の背中、腰より少し上のあたりに冷たい異物が侵入してくる
霧崎綺華:「昂ってしまって、もう、我慢が出来ません」
篠宮蓮:「ぐっ…ぅあっ…」
嶺村希裡依:「蓮!このっ―」
0:綺華の顔に短剣を突き出す。匕首を抜き去り、身を翻して躱す綺華。
霧崎綺華:「ふふっあははは!素敵。私を守ろうとしてくださる殿方を、まるで白馬の王子様のような運命のお方を、後ろからぶっすりと刺す感触って、とっっっても素敵…」
嶺村希裡依:「あんたっ!」
霧崎綺華:「それにそのお顔!あはッ!これまで一方的に骨肉と命脈を絶つばかりでしたが…殺意を向けられるって、こんなに昂るんですのね!」
嶺村希裡依:「お望み通り殺してやるわよ!」
霧崎綺華:「ですが、まずは篠宮さんの介抱をなさったほうがよろしいのでは?」
嶺村希裡依:「くっ!」
篠宮蓮:「うっ…ごほっ」
霧崎綺華:「うふふ。では、今宵はここまで」(優雅な足取りでその場を後にしようとする綺華)
嶺村希裡依:「待ちなさい!」
霧崎綺華:「篠宮さん、是非、ご無事でいてくださいましね。私、この感触に、あぁ――恋を、してしまったのかもしれません」
嶺村希裡依:「待て!待てって言ってんでしょ!霧崎綺華ぁ!」
霧崎綺華:「そんな大きな声をださなくても聞こえていましてよ嶺村希裡依さん。あ、こちら、ここに置いておきますわ。招待状です。明後日、ここに書かれた場所でお待ちしております。では、ごきげんよう」
嶺村希裡依:「待――」
篠宮蓮:「ごほっ」
嶺村希裡依:「っ!蓮!目をあけて!蓮!蓮っ!」
0:場面転換・蓮の家
篠宮蓮:「うぅっ」
嶺村希裡依:「起きた?」
篠宮蓮:「希裡依か。俺、どうなった?」
嶺村希裡依:「後ろからさっくり刃物が刺さった。臓器は無事だけど、安静にしてないとね」
篠宮蓮:「…どのくらい寝てた?」
嶺村希裡依:「こういうとき、丸何日寝てたわって言うんでしょうね。残念ながら、一晩も明けてないわ。刺されて数時間」
篠宮蓮:「そっか」
0:少しの間
嶺村希裡依:「聞かないの?いろいろ」
篠宮蓮:「…うっすら知ってた。昔、希裡依の親とうちの親が話してたのを聞いたから。小さいころだったし、俺の聞き間違いだと思ってたけど」
嶺村希裡依:「うん」
篠宮蓮:「希裡依は、悪霊を払う家系で、俺は、悪霊を引き寄せる体質の持ち主」
嶺村希裡依:「そう。悪霊は、人の怨念で生じる。人が生きている以上、必ず生まれ落ちる。だから、その集約と排除をコントロールする為に、貴方のような血筋の人と私たちの家系はずっと連れ添って来た」
篠宮蓮:「全然、気づかなかった」
嶺村希裡依:「蓮には余計な不安を与えないこと。それが、蓮の両親を含め、私たちの総意だった」
篠宮蓮:「そっか。ごめんな」
嶺村希裡依:「え?」
篠宮蓮:「希裡依に、嘘を吐かせ続けてきた」
嶺村希裡依:「――怒らないの?」
篠宮蓮:「なんで?」
嶺村希裡依:「蓮を、餌みたいに扱ってるんだよ?」
篠宮蓮:「血筋ってことは、父さんか母さんのどっちかも同じなんだろ?それに、今日まで気づかなかったってことは、希裡依達が一生懸命守ってくれたおかげじゃないのか?」
嶺村希裡依:「それは――」
篠宮蓮:「だから、ごめん。そんで、ありがとう」
嶺村希裡依:「……そういうところなんだから」
篠宮蓮:「でも、じゃあやっぱり、霧崎綺華は――」
嶺村希裡依:「憑りつかれている。しかも、かなり手遅れに近い状態」
篠宮蓮:「どういうことなんだ?」
嶺村希裡依:「霧崎綺華は中途半端に耐性があるのよ。悪霊に憑りつかれるのに向いてる体質と言ってもいい。本来なら、悪霊に憑りつかれた人は直ぐにそれとわかる症状が出て、私たちはそれに対処する。でも、彼女の場合、憑りついた悪霊と、彼女が本来持つ性質が馴染んでしまったんだと思う」
篠宮蓮:「霧崎は、人を切りたいという衝動が、数か月前に急に我慢できなくなったと言っていた」
嶺村希裡依:「元から抱えていた殺人衝動をこらえていたところに、悪霊が憑りついた。だから、発狂したりせずに馴染んでしまった」
篠宮蓮:「――どうやったら、止められる?」
嶺村希裡依:「これでぶっ叩けば、それでおしまい」
篠宮蓮:「さっきの、刃のない剣?」
嶺村希裡依:「これは儀式用の霊剣なの。実際には切れ味の無いお祓い棒みたいなものよ。相手の中に居る悪霊を強制的に除霊できる。でも――憑りつかれた対象は廃人になる」
篠宮蓮:「なっ!?」
嶺村希裡依:「強力だけど、それ故に癒着した宿主への影響もある。べったりくっついたシールを無理やり引っぺがすようなものだから、貼られた側も無傷じゃすまないの。大丈夫、これは殺人にならないように、政府との取り決めもあるから」
篠宮蓮:「他に、方法は?」
嶺村希裡依:「無いよ」
篠宮蓮:「でもそれじゃあ!」
嶺村希裡依:「蓮は、あの人を助けたいの?」
篠宮蓮:「だって、憑りつかれたのは、俺の体質のせいかもしれないじゃないか」
嶺村希裡依:「ううん。そんなことない。だって、結局悪霊は世界のそこかしこで生まれ、人を呪ってる。それに、彼女は元から殺人衝動を持ってたはず。蓮が気にすることじゃないよ。
嶺村希裡依:悪霊ってね、みんなが思うほど強くないの。体調が悪くなるか、気が狂うか、元から持ってる欲望のタガを外すくらい。生きている人間を完全に操ったりするほどの力はないの。だから、半分は運、もう半分は自業自得」
篠宮蓮:「それでも…」
嶺村希裡依:「――はぁ。今回のパターンなら、方法はもう一つある」
篠宮蓮:「っ!どんな?」
嶺村希裡依:「宿主の心を折る」
篠宮蓮:「?」
嶺村希裡依:「もともと宿主が持っていた欲望がきっかけになって、悪霊とつながったって言ったでしょ?だから、本人のもともとの欲望を叩きおるか抑え込むかすれば、精神的につながってる悪霊を弱体化させることができるの。簡単な詠唱――おまじないでお祓いできるくらいにね」
篠宮蓮:「じゃ、霧崎の元からもってる殺人衝動をどうにかできれば」
嶺村希裡依:「できればね。できるの?」
篠宮蓮:「俺に、チャンスをくれないか」
嶺村希裡依:「わかってる?私に賛成する理由は一つもないって。それに、心を折る前にはまず身体も弱らせなきゃいけない。私に、この剣で直接とどめをささないよう手加減して戦えっていうなら、私も相応に危険度が増すことになる。悪霊に憑りつかれた人間は、時間がたつにつれて同化が進んで、肉体的にも強力になるからね。さっきはまだなんとかなったけど、次はどうかな」
篠宮蓮:「だから、駆け引きも何もない、純粋なお願いだ。頼む」
嶺村希裡依:「はぁ。しょうがないな~もぉー。でも、今日は一旦眠って。本当なら救急車で速攻入院しなきゃいけないくらいなんだから。体力、戻さなきゃ。ね?」
篠宮蓮:「分かった」
嶺村希裡依:「ん。じゃ、おやすみ」
篠宮蓮:「おやすみ」
0:背を向け、部屋を出ていく希裡依。その背中に声をかける。
篠宮蓮:「…希裡依!」
嶺村希裡依:「ん?」
篠宮蓮:「ありがとう」
0:言葉では応えず、片手をひらひらさせながら部屋を後にし、後ろ手にドアを閉めて出ていく希裡依
0:蓮モノローグ
篠宮蓮:「翌日、俺は準備のために一日動き回った。痛みに耐えながら、包帯を何度も交換して、それでも、この衝動の前には、我慢できてしまう程度のものだった。
篠宮蓮:そしてその次の日、招待状を握りしめて、俺たちは――」
0:場面転換・廃墟前
篠宮蓮:「まさに心霊スポットって感じの廃墟だな」
嶺村希裡依:「昔、小さいころに遊んでた秘密基地にちょっと似てるね。覚えてる?」
篠宮蓮:「ああ。足滑らせて高いところから落ちてきた希裡依を受け止めて、骨折して帰って凄い怒られて。あれからそこに出入りするの禁止にされたんだよな」
嶺村希裡依:「あの時、何で骨折の理由、嘘ついたの?」
篠宮蓮:「女の子受け止めようとして骨折ったなんて、ダサいだろ?」
嶺村希裡依:「階段から滑ったって嘘の方がダサいよ」
篠宮蓮:「他に思いつかなかったんだよ」
嶺村希裡依:「でも、おかげで私は怒られずに済んだ。言ったでしょ?蓮を守る役目だったから、あたしがケガさせたってうちの両親にばれたら、たぶんもっと酷かったと思う」
篠宮蓮:「もっと?」
嶺村希裡依:「ケガさせちゃったのは事実だから、その分はちゃんと怒られたんだよ。でも、蓮の優しい嘘のおかげで、助かったって話」
篠宮蓮:「そっか」
嶺村希裡依:「うん。ずっと、助けてもらってきた。いろんなことで」
篠宮蓮:「そうか?」
嶺村希裡依:「そうだよ」
0:少し間をあけて
嶺村希裡依:「ねぇ。本当に、彼女に何かを見出しているの?蓮の退屈な日常を変えるだけの何かがあるって」
篠宮蓮:「…」
嶺村希裡依:「自分で言うのもなんだけどさ、私も結構常識外れだよ?見てよ、セーラー服にごついベルトから剣なんてぶら下げちゃってさ。深夜アニメのバトルものにでてくるヒロインみたいじゃない?」
篠宮蓮:「なんかさ、空が高く見えたんだ」
嶺村希裡依:「空が?」
篠宮蓮:「血の雨の中、月の虹に照らされて、心の底から解放されてるって感じの笑顔だった。羽が生えてたら、重力さえも無視して飛んでいけそうなくらい、軽やかな笑顔だったんだ。
篠宮蓮:初めて、空の高さを信じられた。そういう気持ちにさせてくれたんだよ」
嶺村希裡依:「それでも、やめときなよ。彼女を助けたいだなんて思うのは」
篠宮蓮:「希裡依…」
嶺村希裡依:「やめてよ。あんな子を気にかけるなんて」
篠宮蓮:「…」
嶺村希裡依:「やめてよ。そんな目をするのは」
篠宮蓮:「何で?」
嶺村希裡依:「好きだから。蓮のことが」
篠宮蓮:「…」
嶺村希裡依:「確かに私は、家の役目に縛られてる。小さいころから訓練してきたのだって、蓮と一緒に居るのだって、親から言われて始めたことだよ?でも、でもね?今、蓮と毎日一緒に居たいって、蓮のことこの先もずっと、何があっても守っていきたいって思ってるのは、私がそうしたいからなの。蓮から見たら、自由とは程遠いように見えるかもしれない。空の高さどころか、鎖で繋がれてるような詰まんない生き方に思えるかもしれない。けど――でもっ!」
篠宮蓮:「本当に、ずっと一緒に居たよな」
嶺村希裡依:「…」
篠宮蓮:「居るのが当たり前で、心地よくて、何やるのもつまんなさそうな俺に付き合ってくれて、家族みたいに思ってる」
嶺村希裡依:「蓮…」
篠宮蓮:「このまま何事もなければ、ちゃんとお前を大事にするってどこかで覚悟決めて、それを言葉にするんだと思ってた」
嶺村希裡依:「私はそれを、ずっと待ってた」
篠宮蓮:「でも、そうはならないみたいだ」
嶺村希裡依:「他人事みたいな言い方」
篠宮蓮:「ああ。まるで自分じゃないみたいだ」
嶺村希裡依:「やめなよ、あんな女」
篠宮蓮:「ホントは、そうすべきなんだろうな」
嶺村希裡依:「そうだよ」
篠宮蓮:「でも、もう手遅れみたいだ」
嶺村希裡依:「ばっかみたい」
篠宮蓮:「ああ」
嶺村希裡依:「無事じゃすまないよ。死ぬかも」
篠宮蓮:「ここで引いても、俺は死んだのと同じだ」
嶺村希裡依:「上手くいったって、蓮の思いに応えてくれるかはわかんないよ?」
篠宮蓮:「それでも、確かめなきゃ、ここから先に飛んでいけない。空の高さだけ知って、眺めてるだけなんてのは、それこそつまんない奴になっちゃうから」
嶺村希裡依:「そんなことないよ」
篠宮蓮:「いや、そうだよ」
嶺村希裡依:「そんなこと、ないよ」
篠宮蓮:「希裡依」
嶺村希裡依:「……私じゃ、だめ?」
篠宮蓮:「……」
嶺村希裡依:「こん、っ、こんなに、蓮のこと、好きなのに?」
篠宮蓮:「……それでもだ」
嶺村希裡依:「そっか。……そっか」
篠宮蓮:「ああ、だから、ありがとう。俺を好きになってくれて。そして、俺に、チャンスをくれて」
嶺村希裡依:「ばーか」
篠宮蓮:「ああ。本当にな」
嶺村希裡依:「本当に、ばか。――じゃあ、いってくるね」
篠宮蓮:「頼む」
0:場面転換・廃墟内4階・むき出しのコンクリート。崩れた壁・割れた窓ガラス・放置されたままの、ここがまだ何かのオフィスだったころの名残を感じさせる事務机・差し込む月光
霧崎綺華:「お待ち申し上げておりましたわ。あら?嶺村さん、あなた一人ですの?篠宮さんは?」
嶺村希裡依:「あんたお嬢様の癖にバカなのね。連れてくるわけないでしょ?」
霧崎綺華:「でも、篠宮さんは来たがっていたのではなくて?あんなにも熱い視線で、私のことを見つめていたのですもの。あの逞しい背中、刃先で感じたぶつぶつと断絶していく筋繊維。あぁ、私もう、篠宮さんに首ったけですのよ?
霧崎綺華:昨日の夜ね、不思議なことがあったんですの。いつもなら、茶会を終えても人の肉を切りたいという衝動が消えうせることなんてないんです。でも、昨夜は茶会に招いたお客様をおもてなしした後―――全く、これっぽちも滾らなかったのです。一人分の血肉を切断して、ちゃんと満足できたんですの。これってどういうことなんだろうって、私一生懸命考えようと思って。でも答えは直ぐに分かりましたの。考えようとした先から、うまく思考が働かなくて、篠宮さんのことばかり考えてしまって。私の頭の中は、篠宮さんのことでいっぱい。彼の血で温かくぬめったこの手のひらの記憶でいっぱいなのです。
霧崎綺華:これは…ふふっ。少々はしたないのですけれどもね?洗っても洗っても拭い落とせない血のように、篠宮さんのことを考えるだけで次から次へと濡れそぼってしまって…
霧崎綺華:きっと篠宮さんもそうでしょう?思えば、血の雨で月の虹が架かったあの夜、私も彼に一目ぼれしていたのかもしれません。私、篠宮さんに、その――ハジメテを差し上げたいと思ってますの。だって私たち、相思相愛というこ―」
嶺村希裡依:「いーや。蓮ね、もういいって、あんたのことは」
霧崎綺華:「…は?」
嶺村希裡依:「傷はどうにかしたわよ?でも弱ってたから。襲うのは簡単だったわ」
霧崎綺華:「おそ、え?」
嶺村希裡依:「だから、寝たきりなのを良いことにぶち犯してきたのよ。あんたが一人で耽っている間、私と蓮は愛し合ったわ。やっぱ思春期だからかな?凄いわよね、けが人なのに。でも、やっぱりぽっと出の狂った殺人者より、長年連れ添った幼馴染の純愛よね。思い直してって泣き落として、あとは流れよ。静かな月夜に、動けない彼のために献身的に尽くす幼馴染。あったかくて、ふわふわで、とろとろで、重なって。私、一生忘れないわ。あぁ、あんたはなんか―――人を殺して一人でイってたんだっけ?」
霧崎綺華:「ッ!!」
嶺村希裡依:「アバズレにはお似合いの一人遊びじゃない?楽しそうで良かったわねぇ!?」
霧崎綺華:「あなたこそアバズレですわ!!彼の純粋な思いを、汚らわしい身体で踏みにじってッ!」
嶺村希裡依:「出歯亀がキーキー鳴いても煩わしいだけよ!おしとやかなお嬢様のメッキがはがれたと思ったら騒音まき散らすお猿さんとはねぇ?」
霧崎綺華:「嶺村希裡依ぇぇぇ!!!」
嶺村希裡依:「そんなデカい声出さなくても聞こえてるわよ霧崎綺華ぁぁぁ!!!」
0:同時に
霧崎綺華:「はあぁぁ!」
嶺村希裡依:「はあぁぁ!」
0:互いに駆け出し、武器を抜刀、勢いのまま衝突し、匕首と短剣が、何度も激しく打ち合う
0:場面転換・蓮視点・二人の戦いに決着がついた場面にやってくる
0:蓮モノローグ
篠宮蓮:「初めて茶会に参加したあの日、希裡依がそうしたように、茶会に招かれた被害者を見つけた俺は、その人を説得し、家へと帰らせた。どうしても金がいるとかなんとか言ってたけど、闇バイト従事者として通報すると言ったとたん即座に踵を返した。
篠宮蓮:そして、会場に上がったころには、二人の戦いはまさに終わろうとしていた」
嶺村希裡依:「うっ!」
0:綺華に蹴飛ばされ数メートル飛んで壁に打ち付けられる希裡依
霧崎綺華:「さぁ、これで終わりですわ嶺村さん。初めての殺し合い、とってもスリリングで楽しかったですけれど、私そろそろ、篠宮さんにお会いしに行かなければならないので」
嶺村希裡依:「くっ…」
霧崎綺華:「では、ごきげんよ――っ?」
0:反響する一人分の足音。それに気づく綺華。
霧崎綺華:「あはっ、あはははは。そうですのね、そういうことですのね!やっぱり嘘だったんですわ!!卑しいメスが、負け惜しみでありもしない作り話をぺらぺらと捲し立てていただけだったんですわ!その証拠にほら!!彼は、来た――いらっしゃい、篠宮さん。ようこそ、私の茶会へ。ちょうどいま、不埒な邪魔者を排除したところですのよ。さぁ、ここからは二人でゆっくりと、夜が明けるまで、語りつくしましょう」
篠宮蓮:「お疲れ様、希裡依」
嶺村希裡依:「(力なく)ばーか…」
篠宮蓮:「霧崎、招待どうも。俺もそのつもりだよ。君のことを知りたいんだ。じっくりと、話をしよう」
霧崎綺華:「まぁ。まぁまぁまぁまぁまぁ!!うふふ、とても胸躍るお誘いですわ」
篠宮蓮:「すまない霧崎。俺はこんなだから、茶会のマナーなんて一切考えてなかった。この前も、ただふらっと現れて、傍観者を決め込んでしまうところだった」
霧崎綺華:「お気になさらないでくださいまし。ゲストに気を遣わせてしまっては、それこそ霧崎家の名折れですわ。真に高貴な心をもつ我が一族は、些末なことを無礼だとは思いませんの。
霧崎綺華:それに、ふふっ。マナー違反は私もですわ。貴方の素敵なお背中につぅっと。やだ私ったらはしたない!お怪我の具合はいかが?」
篠宮蓮:「おかげさまで、まだずきずきと痛むよ。でも、それもこの心臓の鼓動でわからなくなってきた。君を目にして、これからのことを考えると、ドキドキしちゃってさ」
霧崎綺華:「あっはァ――あはははっははははははは!なんて素敵な口説き文句なんでしょう。このままだと、私どうにかなってしまいそうですわ」
篠宮蓮:「ただ、いくら作法を知らないと言っても、今度も手ぶらじゃ悪いと思ってね。俺は単にもてなされるだけの部外者じゃなく、君と対等のプレイヤーでいたいんだ」
霧崎綺華:「まぁ!お心遣い痛み入ります。そこまで思われては、無下にはできませんわ。それに篠宮さんからのせっかくのプレゼントですもの。丁重に、拝領いたしますわ。
霧崎綺華:これは――タブレット端末?」
篠宮蓮:「メニューに一つだけショートカットがあるだろ?開いてみてくれ」
霧崎綺華:「動画、のようですわね?」
篠宮蓮:「リアルタイムの配信映像だ。よく見てくれ、何が映っているのか」
霧崎綺華:「?……あっ」
篠宮蓮:「そう、君の両親と弟だ」
霧崎綺華:「え―――なんで」
篠宮蓮:「見てのとおり、目隠しとさるぐつわをした状態で椅子に拘束させてもらっている。あぁ、撮影は執事のおじいさんだよ。さすがお嬢様だね。家の豪華さにも驚いたけど、本当にお手伝いさんがいるなんて」
霧崎綺華:「あ、あの、なんで」
篠宮蓮:「彼らには、遅効性、致死量の毒を投与済みだ」
霧崎綺華:「!!」
篠宮蓮:「もうすぐお父さんから順番に、喀血し絶命する頃だ。あぁ、彼らのうち、何でこうなったかを知っているのはお父さんと執事のおじいさんだけだ。お母さんと弟君は、君のこの『茶会』のことは知らない」
霧崎綺華:「なっ…」
篠宮蓮:「茶会のことを話したら、こちらの提案をすんなり受け入れてくれたよ。君の言っていたとおり、素晴らしいお父さんだ。世間様に顔向けできないとか、償いに言うことを聞くから綺華のことは秘密にしてほしいとか、向こうの方からするするとね。あぁ、ただ、事情を知らない奥さんと弟君に『ごめんな、ごめんな』って繰り返しながら、恐怖に歪む妻と息子を椅子に括り付けるお父さんの姿を見た時は、流石に申し訳ないと思ったよ」
霧崎綺華:「っ…」
篠宮蓮:「さて、僕からの問いはひとつだ。君はこの狂った茶会と大事な家族の命、どちらを優先するのかな」
霧崎綺華:「篠宮さんっ!」
篠宮蓮:「安心してくれ、執事のおじいさんは、もし君の家族全員が血を吐いて死んだあとは、警察に強盗が入ったと通報だけして自害するそうだ。素晴らしい家族に相応しい、高潔な忠義の持ち主だね。君が君自身の快楽を、茶会の継続を望むのなら、邪魔者は綺麗に居なくなる」
霧崎綺華:「そんな…」
篠宮蓮:「さあ、そろそろお父さんのタイムリミットが近づいてきたよ」
0:画面の向こう側の綺華の父親がせき込み、口元から血が流れ始める
霧崎綺華:「お父様っ!!」
篠宮蓮:「音声は切ってある。互いの声は聞こえないよ」
霧崎綺華:「あ…あぁっ…」
篠宮蓮:「さて、君はどんな答えを出す?君の中の悪魔は、君自身の欲望はなんて言ってる?」
霧崎綺華:「くっ!(匕首を構え、蓮を見据える綺華)」
篠宮蓮:「おっと、俺を殺すかい?それはやめておいたほうがいい。こういう時にはお約束のものがあるだろ?」
霧崎綺華:「っ!あるんですの!?解毒薬が!」
篠宮蓮:「執事のおじいさんに、ケースを渡してある。ロックを解除するダイヤルの番号は僕しか知らないし、ケースを無理に壊して開けようとすれば、中の小瓶は割れてしまうだろうね」
霧崎綺華:「(憤りで震えながら)流石は篠宮さん、とても行き届いた贈り物ですわね」
篠宮蓮:「喜んでもらえたなら嬉しいよ。ただ、あまり浸っている場合でもないよ。そろそろお父さんは、ただの血肉の塊になる。君がそうしてきた、茶会のゲストと同じように」
霧崎綺華:「っ!」
篠宮蓮:「君は家族を愛しているんだね。歪み果てた自らの汚らしい行いを辞められない一方で、善良で尊敬に値する家族を心から大切に思っている。下劣な、けれど心底愉悦に浸れる殺人衝動を満たす行為と、愛すべき家族。君の天秤は、どちらに、傾くのかな」
霧崎綺華:「あ、あぁ、あぁぁあああ」
篠宮蓮:「大事な決断だ。頭を抱えてしまうのもいいけれど、ほら、時間だよ」
霧崎綺華:「お、お父様っ!お父様ぁぁぁ!!!」
篠宮蓮:「さて、次はお母さんだ。さっきも言ったが、お母さんと弟君はこのことを知らない。お父さんと執事さんは、ある種の納得をしていられるけれど、お母さんと弟君は、何が何だかわからないまま、さぞ、恐ろしいだろうね。おっと、お母さんも咳をし始めたようだ。とても苦しそうだ。本当に―――申し訳ない気持ちでいっぱいだよ」
霧崎綺華:「めて…」
篠宮蓮:「ん?」
霧崎綺華:「やめて、くださいませ」
篠宮蓮:「………」
霧崎綺華:「もう、やめてくださいませ!!」
0:土下座する綺華
霧崎綺華:「背中を刺したことも謝ります。これまで人をたくさん殺してきたことも償います。だから、だからっ!!お母さまと弟を、助けてください!!!」
篠宮蓮:「………」
霧崎綺華:「お願いします。自首でも、自害でも、篠宮さんのお望みのことならなんだって致します。靴をなめろとおっしゃるならそういたします。身を売れとおっしゃるならどこへなりとも赴きます。だから、どうか!」
篠宮蓮:「――違うだろ」
霧崎綺華:「?」
篠宮蓮:「違うよ、そうじゃない。そうじゃないんだよ、霧崎」
霧崎綺華:「は?」
篠宮蓮:「俺が聞きたい言葉はそうじゃない。俺が聞きたいのは、見たいのは――大切なものさえかなぐり捨てて、まぶしいほどの快楽に踊る君だ。あの夜の、血の雨と月の虹に彩られた君なんだよ」
霧崎綺華:「え?だ、だって選べって…解毒薬って…」
篠宮蓮:「俺は君の答えを、この狂った茶会と大事な家族の命のどちらを優先するのかを聞きたいとは言ったが、『人殺しを辞めるなら家族を助ける』なんて一言も言ってないよ」
霧崎綺華:「なん、ですって…」
篠宮蓮:「あぁ、お母さんももう限界かな。次は弟君だ。ちゃんと順番になって良かったよ。成人相手じゃないから、投与量が難しかったんだ」
霧崎綺華:「や、やめて。だって、あの子は何も悪くな――」
篠宮蓮:「そうだ。何も悪くない。ただ、君の弟だというだけで、彼は今あそこで恐怖に震えてる。こんなに理不尽なことはないよ」
霧崎綺華:「(篠宮の足に縋りつきながら)お願いです篠宮さん!もうやめてください!あの子は!あの子だけは!!」
篠宮蓮:「君もそうやって、命乞いをする人たちを、自分の快楽のために殺めたんだろう?僕は同じことをしているだけだよ。自分が他人にしておきながら、自分がされるのは嫌だなんてのは、虫が良すぎないかい?」
霧崎綺華:「わかっています!でも、それでも!」
篠宮蓮:「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。君に、その資格はなかった。やっぱり、あの夜に見たのは、月虹が見せた蜃気楼だったのかな」
霧崎綺華:「わかり――ました」
0:綺華、制服の裾をつかみ、めくりあげて口で噛む。あらわになる上半身の裸体に一瞬色仕掛けかと思うが、そのまま制服を噛みしめ、匕首を拾い左手で持ち、利き手の右腕に突き立てる
霧崎綺華:「んんんっ!」
0:歯を食いしばるために制服を噛みしめている喉奥から痛みによる叫び声が発され、くぐもった悲痛が響き渡る
霧崎綺華:「はぁ、はぁ、はぁ、これ、切れ味はそんなに良くありませんの。突き刺したはいいですが、このまま腕を切り落とすのなら、お手伝いいただきたいのですが」
篠宮蓮:「霧崎…」
霧崎綺華:「お望みなら、もう片方の手も。もう二度と、人の骨肉を切断する快楽を感じられない身体になっても構いません。はぁ、はぁ、これが、私がお示しできる、覚悟です」
篠宮蓮:「――(スマホを取り出して通話をかける)もしもし、俺です。はい。0801です。では」
霧崎綺華:「篠宮さん」
篠宮蓮:「残念だよ。結局、俺の見たいものは見られなかった。希裡依、ここまでやれば十分か?」
嶺村希裡依:「ええ。『方位』『定礎』『雨夜の鴉合(あまよのあごう)』」
霧崎綺華:「嶺村さん?なにを」
篠宮蓮:「霧崎、誇っていい。君の家族への思いは、その辺の呪いなんかに負けなかった。君はもうすぐ、ただの女の子になる。非日常から、退屈なくらいの普通の日々へ。償いとかその辺はよくわからないけど、少なくとも、もうその刃物を握ることはないよ」
霧崎綺華:「あぁ、そうなんですのね。これで、おしまい―――篠宮さん、私、安堵しましたけれど、でもやっぱり、少し、残念、です、わ…」
0:気を失う綺華
篠宮蓮:「終わったのか?希裡依」
嶺村希裡依:「ええ。すぐに応援も来るし、その腕も止血して、まぁ何とかしてみるわ。大事な血管と神経をやってなきゃ、まだ使えるかもね」
篠宮蓮:「ありがとう。っと」
0:蓮がふらついて倒れ込み、受け止めた希裡依がそのまま引っ張りこんで蓮の頭を膝上に載せ膝枕の体勢になる(ここはセリフでは名言してないので、演じるうえでの場面補完ト書きです)
嶺村希裡依:「蓮も、背中に刃物が刺さった後なんだから、無理していいわけないでしょ。休んでて」
篠宮蓮:「希裡依――ごめん」
嶺村希裡依:「謝るな、ばーか」
0:蓮モノローグ・場面転換
篠宮蓮:「そのまま俺も気を失って、目が覚めたら病院のベッドのうえだった。たぶん、今度こそ何日か眠っていたであろう重い瞼を持ち上げる」
0:目覚めた蓮に声をかける希裡依
嶺村希裡依:「おはよ、ねぼすけさん」
篠宮蓮:「ん、んぅ――希裡依か」
嶺村希裡依:「傷、痛む?」
篠宮蓮:「ああ。刺された次の日より痛い気がする。麻酔が切れたみたいだ」
嶺村希裡依:「アドレナリンとか出てたのかもね」
篠宮蓮:「霧崎の家族は?」
嶺村希裡依:「皆無事よ。事情を説明しなかったお母さんと弟君には悪いことしちゃったけど、お父さんと執事さんは蓮の伝えた筋書きどおりに芝居を打ってくれた」
篠宮蓮:「そうか。良かった」
嶺村希裡依:「…」
篠宮蓮:「…」
嶺村希裡依:「…」
篠宮蓮:「幼馴染だからって、失恋までお揃いにする必要はなかったよなぁ」
嶺村希裡依:「なにそれ。こっちは蓮のせいなんだけど」
篠宮蓮:「ちょっと言ってみただけだよ。茶化しでもしないと、なんか空気が」
嶺村希裡依:「耐えきれない?」
篠宮蓮:「ああ。俺は当分、このベッドから逃げられもしないだろうし」
嶺村希裡依:「そうね。動けないその体で、窓から空の高さでも眺めてればいいんじゃない?」
篠宮蓮:「…希裡依、そんなに意地悪だったっけ?」
嶺村希裡依:「私は蓮のこと何でも知ってるけど、蓮は私のこと、意外と知らないんだよ。お祓いやってることも隠してたし。それに」
篠宮蓮:「?」
嶺村希裡依:「いじわるついでに、もう一つ。
嶺村希裡依:蓮、好きだよ」
篠宮蓮:「なっ?!」
嶺村希裡依:「大好き」
篠宮蓮:「…」
嶺村希裡依:「蓮はあの子のこと、期待外れだったって思ったんでしょ?でも、私の恋はまだ終わってないの。この二日間、寝顔見ててね、このまま目がさめなかったらどうしようとか、これで終わりなのかなとか、やっぱりそういうのやだなって」
篠宮蓮:「…勝手だな」
嶺村希裡依:「そうだよ。女の子はちょっとわがままなくらいじゃなきゃ、ね。大胆な告白は女の子の特権なんだよ?知らなかった?」
篠宮蓮:「初耳だよ」
嶺村希裡依:「そっか。(独り言のように)うん。私だって、蓮がまだ知らないこと教えてあげられるんだ」
篠宮蓮:「起き抜けに、しかも心身ともに弱ってる相手に、容赦ないな」
嶺村希裡依:「傷心モードの隙を狙うのも戦略だよ。どうせお役目もあるし、これから先もずっと一緒なのは変わらないんだからさ。―――覚悟してよね、蓮」
篠宮蓮:「あぁ。とりあえず、退屈は、しなさそうだ…」
0:蓮モノローグ
篠宮蓮:「痛みより疲労が勝ったのか、瞼を持ち上げるのも限界みたいだ。こんなにも素直な気持ちに、はっきり答えを告げずに、睡魔に負けてしまうのも情けないかもしれないけど、それでも、俺が目を覚ました時には、きっとまた聞こえてくるはずだから。
篠宮蓮:緋色の雨も、月夜の虹も、一時の幻だったかもしれないけれど、この声は、確かに。
0:??後・何時間後か、何日後か、はたまた何年後かはわからないけれど――
嶺村希裡依:「蓮、起きなよ」
篠宮蓮:「ん、んぅ――希裡依か」
嶺村希裡依:「おはよ、ねぼすけさん」
0:終幕
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