終焉のハーモニー 【0:2 30分 世界終末系台本】
shoot and harmony
読み:皇(すめらぎ)ケイ
***波打ち際に座っている女子高生のもとへ、砂浜を歩いて近づいてくる足音が届く***
皇ケイ:
「こんにちは」
少女:
「……」
皇ケイ:
「はじめまして」
少女:
「……意味あります?それ。あと三十分ちょっとですよ。ほら」
皇ケイ:
「あっ、スマートウォッチだとそんな風に表示されるんだ。初めて見た」
少女:
「1週間前の宣言からです。あのあとアプデが入って」
皇ケイ:
「そうだよね~スマホの方も何かと通知が来てさ、こんな時でも頑張ってるお役所のお偉いさんとか、大変だよね」
少女:
「……」
皇ケイ:
「私、皇ケイ。あなたは?」
少女:
「…」
皇ケイ:
「ふーん。ねぇ、それなに?」
少女:
「あの、私最期くらい静かにと思ってここに来たんです」
皇ケイ:
「私もそう。でもこんな面白いもの見て、スルーなんて出来ないでしょ」
少女:
「面白い?」
皇ケイ:
「どっか静かなところはないかなってふらふらしてたら、路に血痕が続いてた。ぽたぽたと赤黒い点線が。後を追ってみたら、波打ち際で体育座りしているセーラー服の女子高生。しかも傍らには砂浜に刺さってる日本刀。面白いでしょ?」
少女:
「…怖くないんですか?危ないとか思わないんですか?」
皇ケイ:
「まぁ、どうせ三十分後には皆死んでるんだし、誤差かなって」
少女:
「そのちょっとが大事かもしれないじゃないですか」
皇ケイ:
「―――うん。そうだね。そのとおり」
少女:
「?」
皇ケイ:
「そういうわけだから、静かに過ごしたいってところ申し訳ないんだけど、私の好奇心が収まらないの。だから、聞いてもいい?」
少女:
「正直いやです」
皇ケイ:
「だよね。でも諦めて」
少女:
「……」
皇ケイ:
「ふふっ。で、改めて聞くけど、それなに?」
少女:
「どれです」
皇ケイ:
「えっとまずは、その、あなたの座ってる目の前の、波打ち際でぷるんぷるんしてるそれ」
少女:
「見てわかんないんですか?男性器です」
皇ケイ:
「えっ?ちっさ!」
少女:
「血が抜けたんじゃないですか。ついさっきまではもう少し大きかったですよ。そのうち海水を吸ってぶよぶよになるかもです」
皇ケイ:
「貴方が切ったの?」
少女:
「はい」
皇ケイ:
「その日本刀で?」
少女:
「はい」
皇ケイ:
「ぷっ、くくっ、あっははっはははははっはははは」
少女:
「(笑いに被せながら)そんなに面白いですか?」
皇ケイ:
「(笑いを収めながら)だって、ふふっ、普通ありえないでしょ。っく、おっかっしーの。ぷっ」
少女:
「……」
皇ケイ:
「ごめんごめん、笑いすぎたね。襲われそうになったの?怖かった?」
少女:
「別に、怖いって感じじゃなかったです。一生懸命でした。かわいそうなくらい」
皇ケイ:
「童貞のまま死ぬのは嫌だ!って感じ?」
少女:
「ええ、まぁ。私もそういう経験なかったし、いいかなって一瞬思ったんですけど――」
皇ケイ:
「愛もないのに身体を重ねるのが嫌だった?」
少女:
「愛なんて、私にはわかりません。でも、なんというか、純度が落ちる気がして」
皇ケイ:
「純度?」
少女:
「触れ合って、溶け合って、境界があいまいになって。自分の型枠が侵されるというか、輪郭が滲んでしまうというか」
皇ケイ:
「そっか。なるほど、そっか――あなたは残したいんだね。こんな世界になっても、自分だけの残り香を」
少女:
「え?」
皇ケイ:
「まあなんにせよ、自己防衛ってわけだ!もし裁判があっても情状酌量の余地ありって感じかな?」
少女:
「そんな心配、意味ないですよ。残り時間でどんな犯罪をやったって、やったもん勝ちです」
皇ケイ:
「そうだねー。うん、ほんとにそう。やったもん勝ち」
少女:
「?」
皇ケイ:
「あ、じゃあもしかしてその日本刀はどっかから盗んできたとか?」
少女:
「いえ、それは商店街歩いてる時に顔見知りのおじさんに貰いました。変なのに襲われたら振り回せ、それで大抵の奴は引き下がるからって」
皇ケイ:
「予言的中ってわけだ」
少女:
「まさか男性器切り落とすとまでは思ってなかったでしょうけどね」
皇ケイ:
「んふっ、真顔で言うのやめて、ジワるから」
少女:
「適当に振り下ろしただけです。狙ってやったわけじゃないですよ。
満足しました?ならどこか行ってください」
皇ケイ:
「まだだよ。まだあなた自身のこと、何も聞いてない」
少女:
「話したって仕方ないじゃないですか」
皇ケイ:
「む~。そっちがその気なら、こっちが勝手に喋っちゃおうっと」
少女:
「いい迷惑です」
皇ケイ:
「でもさ、良くあるじゃん。好きな食べ物聞いたりするときに、『明日が世界最後の日だとしたら死ぬ前に何食べる?』みたいな。
皇ケイ:
世界最後の今日一日に何してきたか、リアルに語り合う機会なんて貴重じゃない?」
少女:
「静かに終わりを迎えるのも、同じくらい貴重だと思いますけど?」
皇ケイ:
「私はね~」
少女:
「聞いてないし」
皇ケイ:
「ついさっき人を殺してきたの」
少女:
「―――は?」
皇ケイ:
「あなたみたいに正当防衛とかじゃないよ。殺意を持って、狙った相手の命を奪ってきたの」
少女:
「――そう、ですか」
皇ケイ:
「あそこに見えるおっきな隕石が、まだ地球に落ちるかもしれないくらいの噂話でしかなかった頃にね、付き合ってた彼が刺されたの。私の誕生日だったから、ケーキを買って帰ってくる途中だった。
皇ケイ:
通り魔だって話だけど、多分ほんとは狙ってたんだと思う。私の彼氏を」
少女:
「たぶん?」
皇ケイ:
「彼を刺して気が動転した犯人はね、そのまま慌てて路に出て車に轢かれちゃったの。彼も犯人も一命はとりとめたけど、揃って意識不明の昏睡状態。
だから、ほんとのとこは分からず仕舞い。どっちも眠ったまんま、遂に今日まで起きなかったの」
少女:
「だから、その犯人を?」
皇ケイ:
「そ。コンセント抜いただけだけど、ちゃんと死んだよ」
少女:
「……」
皇ケイ:
「怖くなった?」
少女:
「いいえ。ここにコンセントはないですから」
皇ケイ:
「あはっ。やっぱあなた面白いね」
少女:
「……すっきりしました?」
皇ケイ:
「まあね。これからあの世は70億の長蛇の列が出来るだろうから、一足先に逝って閻魔様にじっくり裁いてもらわないと」
少女:
「お姉さんも―」
皇ケイ:
「名乗ったでしょ~皇ケイ。ケイでいいよ」
少女:
「――ケイさんも、裁かれるんじゃないですか」
皇ケイ:
「だろうね~。でもいいの。後悔はないから」
少女:
「じゃあ、最期くらい彼氏さんの側にいればいいじゃないですか。なんでこんなところに」
皇ケイ:
「コンセントを抜く前にね、あってきたよ。
世界は大騒ぎなのに、その病室は嘘みたいに静かで、彼の静かな寝息と、それを邪魔しないくらいの機械の音しかなかった。
眠ってる彼に言ったの。『おーい、早く起きないと、私、殺人犯になっちゃうぞ』って。そう言ったら、彼が目を覚まして私を止めてくれるかなって思ったの。
でも、そんなことはなかった。だから、街をぷーらぷら」
少女:
「それでも、側にいればいいじゃないですか。目を醒ますのが終末の十秒前でも、そのちょっとが大事かもしれないじゃないですか」
皇ケイ:
「だからよ」
少女:
「え?」
皇ケイ:
「こんな私は見せたくないの。彼はあの病室で、最期を静かに迎える。それでいいの」
少女:
「――一つ、聞いてもいいですか?」
皇ケイ:
「おっ、なになに興味でてきた?お姉さんうれし~!何でも聞いてっ」
少女:
「ケイさんにとって、『愛』ってなんですか」
皇ケイ:
「ぁ――うーん、そうね。執着の優先順位、かな」
少女:
「ずっと一番執着していられるものが、強くて美しい愛って事ですか?
皇ケイ:
「強くて美しいかもしれないけど、一番じゃダメ」
少女:
「え?」
皇ケイ:
「それが『恋』のうちはね、一番でいいの。いつもその人のこと考えちゃって、何をするにも相手のことがちらついて、つい目で追っちゃって。
恋に恋する乙女をする時間ってのは綺麗だし、大抵の人には経験があるんじゃないかな。あなたは、もしかしたら無いのかもしれないけど。
でも、それがいずれ『愛』になったら、相手の事は、自分の中で二番や三番、もしかしたら五番目くらいがいいのかもしれない」
少女:
「それって、結局恋愛感情はいずれ冷めるってことですか?」
皇ケイ:
「一番熱してる時に比べれば、冷めてるように見えるかもね。言いようによっては落ち着いたともいえる。
でもね、肝心なのは、必要な時に、もう一度一番に出来るかどうかだと思うの」
少女:
「そんなにふらふらしてるものなんですか?」
皇ケイ:
「失って初めて大切なものに気づくってよく聞くでしょ。あれは嘘よ。本当に大切なものは皆分かってて、失った時に、分かっていたのに大事にしなかった自分への免罪符みたいにその言葉を唱えるの。
だから、本当は一番なんだけど、普段は見せかけの順番で落ち着いたところに置いといて、なおかつ順位は下げすぎない。それを維持出来て、必要な時に一番に返り咲かせることが出来る。それができたら、それはとても素敵な愛だと、私は思うな」
少女:
「じゃあ、もし相手の事をずっと一番に置き続ける、恋みたいな愛の形があったとしたら?」
皇ケイ:
「それはもう呪いだよ。苦しくて辛くて、そんなの、自分も相手も疲れちゃう。――でも」
少女:
「でも?」
皇ケイ:
「そんな風に愛し合えたら、どんなに良かっただろうね」
少女:
「―――あっ」
皇ケイ:
「ん?どしたの?」
少女:
「スマートウォッチの通知です。もうすぐ始まるみたいですね。ほら」
―――夕闇空に複数の閃光、爆音
皇ケイ:
「あっ……すごい」
少女:
「世界中の核ミサイルを一斉に発射して、あの隕石に当てるそうです」
皇ケイ:
「壊せるの?」
少女:
「軌道がそれるかどうか、だそうですよ。悪あがきだって、ニュースで言ってました」
皇ケイ:
「ふーん。でも、思ったよりもきれいだね。核ミサイルの花火」
少女:
「綺麗、ですか?」
皇ケイ:
「そうだよ。あのひとつひとつが何万人分の血液を蒸発させてたと思えば、あの宇宙に実をつけた鬼灯はなんだか可愛く思える」
少女:
「でも、結局のところ、その種を最後まで手放せない人が最後に実を結ぶ鬼灯は、とても醜いと思いますよ」
皇ケイ:
「ん?どゆこと?」
少女:
「MADって知ってます?」
皇ケイ:
「まっど?どろって意味の英語だっけ?」
少女:
「スペルが違います。相互確証破壊のことです」
皇ケイ:
「難しい言葉だね。スマホで調べたら出てくる?」
―――スマホを取り出そうとするケイ
少女:
「無駄ですよ。もう地球のこちら側の電子機器は死にました。高高度で核爆発が起きると、EMPが発生して――」
皇ケイ:
「む~~」
少女:
「なんだかんだで、機械は使えなくなるんです」
皇ケイ:
「そっ。で、まっどって言うのは?」
少女:
「ケイさんが言ったとおり、あの光の一つ一つが何万人もの命を奪って、都市を消し飛ばすだけの脅威なんです。
少女:
だから、核を持ってる国は、同じように核を持ってる国を撃てない。相手に撃ったことがバレたら、その瞬間に撃ち返されて全部終わりですから」
皇ケイ:
「なるほどね。あの石ころをこの星から遠ざけるのに出し惜しみは出来ない。でも、もし無事にあの隕石を押し返した時、誰かがまだ鬼灯の種を持っていたら…」
少女:
「そういうことです。今、人類は試されているんですよ。愛を」
皇ケイ:
「愛?」
少女:
「執着の優先順位、ですよ。この星ごと全人類を愛せるか、それよりも自国を優先するか」
皇ケイ:
「なんか、私が思ってたのと違うな~」
少女:
「でも、しっくりきましたよ」
皇ケイ:
「そう?」
少女:
「ええ。結局、人は本当に大事なものから目を背けられないんですよ」
―――少しの間
少女:
「そろそろいいですか。いいかげん一人になりたいんですが」
皇ケイ:
「まーだ。あとちょっと」
少女:
「あとちょっとしかないんですけど」
皇ケイ:
「ねぇ、あの花火、上手くいくと思う?」
少女:
「無理でしょうね。結局みんな、他人を信じ切って全てをさらけ出すことなんて出来ない。ありもしない未来の心配事をして、みんな仲良く星屑です」
皇ケイ:
「星屑かぁ」
少女:
「ええ。本当にむ――」
皇ケイ:
「いいね、星屑」
少女:
「―――は?」
皇ケイ:
「たんぽぽの綿毛が種を運ぶように、私たちは星屑になって宇宙に散っていくんだよ。なんかロマンチックじゃない?」
少女:
「でも、そこには、何にも残らないんですよ」
皇ケイ:
「残らなきゃ、だめ?」
少女:
「っ――そんなの、だめに決まってるじゃないですか!」
皇ケイ:
「!」
少女:
「あなたはいいですよね。やりたいことやって、後悔もなくて、もうどうにでもなれって感じじゃないですか!いっそ何もかもなくなれって、そう思ってるんでしょ?
哀しい結末だったけど、満ち足りた日々の思い出もたくさんあって、この理不尽な終わりを受け入れてる!冗談じゃないですよっ」
皇ケイ:
「あなたは、納得してないんだね」
少女:
「できるわけ、ないでしょ」
皇ケイ:
「聞かせてよ。あなた自身の、これまでのこと」
少女:
「?」
皇ケイ:
「あなたが言ったとおり、私はやりたいことやって、言いたいこと言ったから、次はあなたの番」
少女:
「……」
皇ケイ:
「怒らせちゃったお詫び」
少女:
「―――あなたが聞きたいだけでしょ」
皇ケイ:
「んふっ、バレたか」
少女:
「(ため息)――本が、出るはずだったんです。来週」
皇ケイ:
「あなた、作家だったの?」
少女:
「まだです。来週デビューする予定でした」
皇ケイ:
「あぁ、そっか。そうなんだ」
少女:
「今という時代は、物語が大量に生まれては消費され、埋もれていくのが当たり前です。本も、映画も、ドラマも、ゲームや音楽、果ては役者やネット配信者に至るまで、たくさんの物語が生まれては消えてく。
私も、その消費される物語の濁流の中に、一冊の想いを送り出すって、そんな時だったんですよ。それがどんな覚悟か、あなたにわかりますか?
作品を生み出すのに必要なエネルギーは、消費する側のそれとは比べ物になりません。文字通り、字を綴った原稿に血反吐吐きながら、それでも一つの物語を締めくくったんです。
それが必ず絶賛されるわけでもない。批判されたり、大量消費の波間に埋もれてただ沈んでいくだけかもしれない。
それでも!それが浪費ではなく消費なら、誰かの心に消化されて、糧になるなら、それが私の生きた証になる。そんな覚悟と、やっとの思いで、その激流の畔に立ったんです。
私は、小さいころから何一つ取り得なんかなくて、満ち足りたことなんてなかった。閉じこもる様に、本ばかり読んでました。いつしか私も、同じように言葉を、物語を遺せたらって。
それで、ネットに小説を上げるようになって、それを見つけてもらえて、嘘みたいに話が進んで、出版が決まって、そして、あの隕石です」
皇ケイ:
「皆に見てもらう舞台を、なくしちゃったわけか」
少女:
「いつか飛んでいく綿毛を、どんな風雨に晒されても、どんなに凍てつく吹雪の中でも、両手で包んで守り育ててきました。それを、さあ、飛んでいけって見送る瞬間を待ち望んでいたんです。
欲を言えば、その種子が、受け取ってくれた人の心で芽吹いてくれたらって」
皇ケイ:
「そっか。でも、成果は出なかったかもしれないけど、見える形で残りはしなかったかもしれないけど、それでも、あなたが頑張ったこと自体が無駄になるわけじゃないと、私は思うな」
少女:
「――結果がすべてじゃない、過程だって大事だって、そんなありきたりな慰めでも言うつもりですか。そんなもの」
皇ケイ:
「ふざけないで」
少女:
「っ!」
皇ケイ:
「慰めなんかじゃない。過程は、小さな結果の積み重ねよ。どんな結果も、ゴールも、歩みづけた足跡の一つ一つという結果の結末でしょ。
どんなに哀しい終わりが待っていても、幸せだった日々や、その時一生懸命だった自分まで嘘にしたくない」
少女:
「―――一緒にしないでください」
皇ケイ:
「……」
少女:
「あなたは、それで良いんでしょう。それで良かったんでしょう。一つ一つの結果に満足していた。哀しい結末を呑み込めるくらいには幸福の貯蓄が出来た。
――でも、私はここからだったんです。一つ一つの結果に苦悩していた。どんな言葉を選ぶか、どんな言い回しを使うか、どんな風に相手に伝えたいか、どうしたら伝わるだろうかって!考えて考えて考えて、その積み重ねの答えを得る機会を!あの石ころに奪われたっ。
この結末を、物語を綴り終えたことに満足して『がんばって書けたんだから偉いね』って、それだけで納得は出来ませんよ……」
皇ケイ:
「……」
少女:
「……」
皇ケイ:
「でも、本当に何も残らないのかな」
少女:
「は?」
皇ケイ:
「多分この星は、形に残らなかった星屑の塵が積もって出来てるんだよ。
取るに足らない色んなものが、形をなくして、砂粒みたいになって、折り重なって、そうやって形になったんだよ。
だから、残らなくても、残るんじゃないかな?上手く言えないけど」
少女:
「何が、言いたいんです」
皇ケイ:
「遺す物も、残されるものも、跡形もなくなるものも、結局、生まれたものは皆、何かをのこしていくんだよ。たとえ、誰の目にも触れなくてもね」
少女:
「それでも、誰だって、残したいんですよ。跡形もない何かじゃなくて、自分が生み出した、確かな何かを。子供を産んで血を残すのも、音符や文字を連ねて作品を残すのもの、人の本能ですよ。
私だって――そうしたかったんです。そうするしかなかったんです。どんなに苦しくても辛くても、それしかなかったんですよ」
皇ケイ:
「――そっか。あなたは、物語に恋をしていたんだね」
―――少しの間
皇ケイ:
「じゃあ、私が残してあげる」
少女:
「え?」
―――ケイの顔を見る少女
皇ケイ:
「私はもう、満足したから。世界最後の日に、やりたい事やって空っぽになった私に、あなたを詰め込んで、私は逝くわ」
―――その瞳に、悲しくも確かに映る、ここにいない誰かへの執着を見る
少女:
「何、言ってるんですか。二人ともここに居るんだから、一緒に死んじゃうじゃないですか」
皇ケイ:
「そうね。でもほら、あなたの方がちょっとだけあの隕石に近いよ?」
少女:
「誤差でしょ」
皇ケイ:
「でも、そのちょっとが大事かもしれないじゃない?」
少女:
「……」
皇ケイ:
「ねぇ、あなたはどんな物語を描いていたの?聞かせてほしいな」
少女:
「―――魔法使いが、長く苦しい旅を終えて、約束を果たすお話です」
皇ケイ:
「約束って?」
少女:
「家で帰りを待つ家族に、「ただいま」って、その一言を―――」
皇ケイ:
「続きは?」
少女:
「いいです。長くなるので。それに」
皇ケイ:
「?」
少女:
「あなたは、空っぽなんかじゃない」
皇ケイ:
「ぁ……」
少女:
「ほんとは胸がいっぱいで、心の中の一番はずっと変わらないのに、無理に優先順位を下げようとしてる。
ケイさんのその想いは、私の物語じゃ上書きできないと思いますよ」
皇ケイ:
「―――あーあ、はっきり言われちゃった」
少女:
「今からでも、行ったらどうですか」
皇ケイ:
「ううん。哀しいし、本当は違う結末が良かったけど、もう決めたから」
少女:
「そうですか」
―――少しの間
皇ケイ:
「ねぇ、やっぱり、聞かせてほしいな。あなたの物語」
少女:
「え?」
皇ケイ:
「あなたがどんな言葉を連ねていたのかは知らない。あなたがどんな感情を織り込んでいたのかは分からない。その物語は、あなたの手のひらから旅立つことなく枯れていく。風にのって誰かの心に届くこともなく、ただ土に還るだけ。
それでも、私の好奇心が収まらないの。彼への未練を押さえつける言い訳なんかじゃない。あなたの物語への恋心が、私の執着の優先順位を駆け上がってきたの。だから――
だからさ、紡いでみてよ。この風景を、この時代を、この星の終わりを、あなたはどんな言葉で編むの?」
少女:
「…………」
皇ケイ:
「刻んで。世界最後の日に何もかもを終わらせて、それでも未練たらたらで、彼のことで一杯のページの僅かな余白に、あなたの物語を」
少女:
「―――『音のしない終末時計。漣のメトロノーム。夜が訪れる匂いを感じさせるはずの、薄く輝き始める星々が顔を覗かせる夕焼けの空には、その瞬きが霞んで消える程の場違いな灯りが煌々と連なっていた。
空が、落ちてくる。地球という小瓶に蓋をするよう迫る石ころを眺めつつ、浜辺に揺れる即物的な愛の触覚を視界の端に収めながら、ふたつの声帯が静かに音を奏でていた。
ぎこちなく、不細工に、まるで下手糞なピアノの連弾のように。それでも、傾いだ夕陽に沈んでいくあの耳障りな轟音に比べれば、それはとても、美しいハーモニーだった』」
皇ケイ:
「――うん。綺麗だよ、とっても。もう何も残せない私だけど、私の中に、貴方を残して、私は終わるわ。世界の終わりに、ふたりだけで、弾むような会話をしたことを。私が星屑になる瞬間まで」
少女:
「――でも、こんなに長い文章、覚えられるわけ」
皇ケイ:
「『音のしない終末時計」
少女:
「っ!」
皇ケイ:
「漣のメトロノーム。夜が訪れる匂いを感じさせるはずの、薄く輝き始める星々が顔を覗かせる夕焼けの空には、その瞬きが霞んで消える程の場違いな灯りが煌々と連なっていた。
空が、落ちてくる。地球という小瓶に蓋をするように迫る石ころを眺めつつ、浜辺に揺れる即物的な愛の触覚を視界の端に収めながら、ふたつの声帯が静かに音を奏でていた。
ぎこちなく、不細工に、まるで下手糞なピアノの連弾のように。それでも、傾いだ夕陽に沈んでいくあの耳障りな轟音に比べれば、それはとても、美しいハーモニーだった』」
少女:
「ぁ……」
皇ケイ:
「得意なんだ。セリフ覚えるの」
少女:
「そう、ですか」
皇ケイ:
「うん」
―――間 潮騒 静かに頬を濡らす少女
皇ケイ:
「いつだって、遅すぎることはない。本当に大事なものを諦めきれないなら、いつだってテイク2を始めることもできる。
だから―――もう一度聞くね?
はじめまして、こんにちは。私は皇ケイ。
あなたの、名前は?」
少女:
「………………
っ―――ぁ―――――――――
はじめまして―――こんにちは。私の、名前は
***終演(終焉)
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