Love of my life 【1:1 30分 悲愛離別台本】

 前読み推奨

 直弥は相手がだれか分かっているが沙織は分かっていないという展開が続きます。前読み無しだとその辺のニュアンスを拾うのが難しいかと思います。



 以下本編

 直弥モノローグ。以降「」無しは同様。



直弥:病院からの帰り道。綺麗な月夜の、人気のない路上に『ソレ』は佇んでいた。

直弥:およそ生気と呼べるものを一切感じない、真っ白い布を纏った人型の何かが、浮遊していた。

直弥:静謐(せいひつ)な寒空の下、満月を背負うようにして、『ソレ』はこっちを見ていた。

直弥:顔を見た瞬間、それがこの世のものではないことを悟った。

直弥:僕は心臓を掴まれた様に息を詰まらせ、少しの間、呼吸を忘れた。

直弥:目を見開いたまま身動きの取れない僕に、『ソレ』はこう告げた。

沙織:「ねえ、少しお話しない?」

直弥:その声を聴いた瞬間に、一筋の温もりが頬を伝った。

沙織:「怖がらないで。さあ、こっちへ来て」

直弥:まるで身体の主導権を奪われたかのように、僕の足は一歩踏み出された。

沙織:「そう、こっちよ」

直弥:僕の足は、そのままふらふらと交互に前へ踏み出される。誘われる様に、道の脇にあった大きな公園に入る。

直弥:普段なら夜でもランニングやペットの散歩、デートなんかで人がいる大きな公園だが、今は人の気配がない。

直弥:『ソレ』は僕の前をふわふわと浮かびながら、生気のない冷たさを備えた声で呼びかけてくる。

沙織:「こんな夜更けに、一人で何をしているの?」

直弥:僕は震える声で、なんとか言葉を紡ぐ。

直弥:「病院の、帰りなんだ」

沙織:「あら、どこか具合でも悪いの?」

直弥:「いいや、僕は何ともないよ。お見舞いに行ってたんだ」

沙織:「そう。なら、良かった」

直弥:「ねえ」

沙織:「なに?」

直弥:「どこへ行くんだい?」

沙織:「さあ、どこへ行くのかしら」

直弥:「君の、名前は?」

沙織:「わからないの。気づいたらこうなっていて、そしてあなたを見つけた」

直弥:「記憶とか、思い出とか、ないのかい?」

沙織:「ええ。それで、誰かとお話でもしたら思い出せるかなって思っていたところに、あなたをみつけたの」

直弥:「そう、なんだね」

沙織:「ええ。」

 少しの間。モノローグに切り替わったんだと観客にわかる程度の空白。

直弥:背中を、変な汗が伝う。でも、足は止まってくれない。吸い込まれる様に、ほんの少し前を浮遊する『ソレ』についていく。

直弥:少し経って、公園の中央にある大きな池に突き当たった。

沙織:「そこに座って」

直弥:「あっ――」

沙織:「どうしたの?」

直弥:「いや、なんでもない」

沙織:「ふふっ。へんなの」

 少しの間。モノローグに切り替わったんだと観客にわかる程度の空白。

直弥:僕は言われるがままに、池のほとりのベンチに座った。

直弥:真冬のベンチは、身に着けている衣服を無視して、僕の熱を奪っていった。

直弥:『ソレ』も、僕の隣にふわりと腰を下ろす。音もなく、やわらく。

沙織:「どう?座っているように見える?」

直弥:「うん。でも、君は座る必要はないんじゃないのかな」

沙織:「なんでだろう、そうしたくなったの」

直弥:「そっか」

沙織:「ええ」

 間

直弥:「ねえ」

沙織:「なに?」

直弥:「僕は、夢でも見てるのかな」

沙織:「どうしてそう思うの?」

直弥:「だって、こんな風に出会うなんて、普通あり得ないよ。」

沙織:「夢でもいいじゃない。私の望みはたった一つ。言ったでしょ?少しお話しない?って」

直弥:「うん。そうだったね」

沙織:「私、自分のこと思い出したいの。何でもいいからきっかけが欲しくて」

直弥:「――忘れていることに、理由があるのかもしれない」

沙織:「え?」

直弥:「誰だって、忘れていたい過去を抱えているものだよ」

沙織:「じゃあ、私は自分のこと全て忘れていたいって思ってるってこと?」

直弥:「そういう人も、居るんじゃないかな」

沙織:「でも、そうだったとしてもね。こんな幽霊みたいな姿になってまでここに居るんだもの。何か、未練があったんだと思うの」

直弥:「未練、か」

沙織:「そう。だから、思い出したい。思い出さなきゃいけないの」

直弥:「思い出して、どうするの?」

沙織:「それは、思い出せたらその時に考えることだわ」

直弥:「そう、だね」

沙織:「それじゃ、質問するね。お見舞いって言ってたけど、誰のお見舞いにいってたの?」

直弥:「――恋人、かな」

沙織:「どこか、怪我でも?それとも病気かしら」

直弥:「事故、みたいなものなんだ。いろいろあってね。もう何年も目を醒ましていないんだ」

沙織:「いろいろって?」

直弥:「―――ごめん。その話は、出来ればしたくないんだ」

沙織:「どうして?」

直弥:「その、話すのが辛いんだ。僕にとっては、それこそ忘れてしまいたい過去だから」

沙織:「そう。でも、話してほしいな。あなたと出会ったのも、運命だと思うの。そんなあなたが、話すのが辛いほどの過去を抱えている。

沙織:だったらきっと、それが私に必要なこと。私を取り戻すための鍵。なんとなく、そう思うの」

直弥:「――うん、わかった。話すよ。少し長くなるけど、構わないかい?」

沙織:「ええ、もちろん」

 直弥、深呼吸、あるいは深いため息。語りたくない(聞かせたくない)過去を語ることへの覚悟や、これから起こるかもしれない嫌な予感を紛らわせるようなニュアンスの呼吸

直弥:「彼女はね、とても素敵な人なんだ。ダメな僕を支えてくれて、自分より他人を優先して、責任感も強い、優しい人だった。

直弥:僕は自分に自信が持てなかったんだけど、その人が僕を好きだと言ってくれるだけで、何でもできる気がした。こんなに素晴らしい人が認めてくれるならって、自分に自信が持てるようになった。彼女に釣り合うだけの立派な人になろうって思えた。

直弥:今の僕があるのは、全部、彼女のおかげなんだ」

沙織:「本当に立派な人だったのね」

直弥:「世界で一番、素敵な女性だよ。少なくとも、僕にとってはね」

沙織:「それで、そんな素敵な人が、なんで意識を失うようなことになってしまったの?」

直弥:「彼女はね、職場でも凄く信頼されていて、新人の教育係も任されてたんだ。人に物事を伝えるのがとっても上手で、指導を受けた部下からも慕われてた。

直弥:でもね、その仕事を任されて三年目くらいに入った子が、なんというか、我が強い子だったんだ。どんなに丁寧に伝えても聞き入れなくて、しかも仕事がこなせるわけでもない。社内でも問題になってたらしいんだ。」

沙織:「その子とあなたの恋人は、衝突しちゃったのね」

直弥:「彼女は出来た人だったから、怒鳴ったりはしなかったんだ。根気強く、分かり合おうとしてた。でも、その態度が逆に、彼の心を傷つけてしまったのかもしれないね」

沙織:「プライドが高い人って、難しいわよね」

直弥:「それで彼は程なくリストラされた。それから二日後にね、自殺したんだ」

沙織:「――そう」

直弥:「彼女の周りの人は、誰も彼女を責めなかった。僕も、気にしなくていいよって言葉をかけ続けた。でも、彼女はそれを引きずり続けた。責任感の強さが、裏目にでちゃったんだ。

直弥:そうして一週間が経った頃、彼女の職場に、彼の母親が訪ねてきた。母親は彼女が教育係だと分かった瞬間に、大声で彼女を罵ったそうだ。『人殺し』『あなたのせいで息子が死んだ』ってね。相当ヒステリックだったみたい。

直弥:僕はその話を聞いて、彼がどういう環境で育ってきたのか、なんとなく想像がついたよ。そして怒りでどうにかなりそうだった。言い返してやりたかったんだ。君たちのせいで、むしろ彼女が苦しんでいる。彼女は何も悪くないのに、なんで君たちみたいな自分勝手な人のせいで彼女が心を痛めなくちゃならないんだって。

直弥:そして自分も責めた。なぜその瞬間に彼女の傍にいてあげられなかったのかって」

沙織:「それは、どうしようもないことよ。あなたが苦しむことじゃないわ」

直弥:「彼女もそう言ったよ。でも、僕は結局、彼女の心の重荷を軽くしてあげられなかった。そんな自分に苛(いら)つくのを我慢できなかった」

 沙織、『自分の為に怒ってくれる直弥』を見て、記憶を取り戻し始める

沙織:「・・・・」

直弥:「その数日後、自殺した彼の交際相手の女性が、後追い自殺をしたんだ。それを、彼の母親がまた、彼女を責めたてにわざわざやってきて、それで――

直弥:そんなこと、もう彼女は知らなくたってよかったのに!」

沙織:「それで、あなたの恋人は、心の重荷を支えきれなくなったのね」

直弥:「家に帰った時のことは、よく覚えてる。流しっぱなしのシャワーと、赤く染まった浴室。排水溝に引っ掛かったカミソリが、カタカタ音を立ててた」

 沙織、当時のことを思い出す

沙織:「自分で、左の、手首を――うっ」

直弥:「急いで救急車を呼んだけど、血を流しすぎたせいで、脳に損傷があるかもって。そのまま昏睡状態になってから、彼女は目を醒まさないんだ」

沙織:「それで、その間ずっと、あなたはお見舞いを?」

直弥:「僕は彼女が目覚めるって信じてる。次に瞬きした瞬間には、そうでなくとも数秒後には、数分後には、数時間後には、明日には、明後日には、来週には、来月には、来年には。

直弥:いつか、彼女の瞼が持ち上がったとき、そこには必ず、僕が傍に居たいんだ」

 次の沙織のセリフは独り言のように、直弥にはぎりぎり聞こえないような感じで。

沙織:「そう。じゃあ、あなたの時も、止まったままなのね」

直弥:「え?」

沙織:「お見舞いの間、あなたは彼女の傍で何をしているの?」

直弥:「手を握って、その日にあった出来事なんかを話してる。呼びかけたり話しかけたりした方が、帰ってきてくれるような気がして」

沙織:「今日は、どんな話をしたの?」

直弥:「朝遅刻しそうになった話と、お昼に食べたうどんがおいしかった話、それから、後輩の女の子に、告白された話」

沙織:「その告白、返事はどうしたの?」

直弥:「もちろん、断るよ。でも、返事はまたでいいって遮られちゃって」

沙織:「なんで、断るの?」

直弥:「わかるだろ。僕はき――彼女を愛してる」(君、と言いかける)

沙織:「そうね。あなたはきっと、その愛を貫いてくれる。でも、その愛は、あなたの現実を歪め続ける」

直弥:「なんだって?」

沙織:「あなたまで、止まった時の中に生きる必要はないの」

直弥:「止まってなんかいない!毎日、手を握るたびに彼女の鼓動を感じる。生きていてくれることに感謝してる!彼女はいつか、必ず目を醒ます。そこから先の人生が残り僅かだったとしても、僕は彼女の手をとっていたいんだ」

沙織:「それを、眠っている彼女は望むのかしら?」

直弥:「彼女の望み?そんなの分からないよ。僕は自分がそうしたいと思っているだけだ」

沙織:「じゃあ、教えてあげる。彼女の望みは、あなたの幸せ。彼女に囚われることのない、新しい幸せ」

直弥:「なんで君に、そんなことがわかるんだい」

沙織:「思い出したから。自分が誰で、何故ここに居るのか」

直弥:「そう、か。」

沙織:「――直弥」

 直弥、堪えきれず、名前を呼んだ瞬間に涙があふれだす

直弥:「――沙織っ」

沙織:「もう、泣かないで、直弥」

直弥:「ずっと、ずっと謝りたかった。君を守ってあげられなかった。君の傍にいてあげられなかった。ごめん、ごめんよ、沙織」

沙織:「あなたが謝ることなんてないの。私の心が、脆かっただけ」

直弥:「そんなこと、ない。君はもう、自分を責めなくていいんだ」

沙織:「そうね。でも、あの時の私は、冷静さなんて微塵もなくて、傍にあなたが居てくれることさえ見えてなかった。」

直弥:「もう、大丈夫だよ。これからは、僕がずっと傍に――」

沙織:「言ったでしょ。私はそれを望んでない」

直弥:「っ!」

沙織:「――ねぇ、このベンチ、覚えてる?」

直弥:「忘れるわけないよ。よく二人で、ここに座って話してた」

沙織:「さっきあなたと出会った時にはね、本当に何も覚えてなかったの。でも私は、ここに座りたいと思った。不思議よね」

直弥:「二人の、思い出の場所だからね。昼下がりの陽気に眠気がさして、僕はよく君に膝枕してもらってた」

沙織:「うん。ほら」

 ぽんぽんと膝を叩いて膝を空ける沙織。沙織役の方、腕などを叩いてそれっぽい音が入れられればお願いします。

直弥:「うん―――懐かしい」

直弥:沙織の身体は、明らかに生身のそれではなかったけれど、僕の頭はちゃんと彼女の膝の上に収まった。冬の夜の冷たいベンチよりは、温もりを感じられた。

沙織:「ねえ。告白してきた後輩って、どんな子?」

直弥:「素直でいい子だよ。他人の言葉をちゃんと聞いて、自分の意見もしっかり伝えられる、芯の強い子」

沙織:「そっか。私とは正反対。私は、言われるがままだったから」

直弥:「それは他人を尊重する、君のいいところだったんだ。僕はそんな君だから好きになった」

沙織:「でも、正反対だったとしても、私はその子と仲良くなれそう」

直弥:「どうして?」

沙織:「あなたを、選んだから」

直弥:「―っ」

沙織:「だから、その告白、受けなよ」

直弥:「なんでそんなこと!」

沙織:「私ね、ずっと聞こえていたの。病室であなたが聞かせてくれる毎日の出来事。それで今日、その話を聞いて、安心した。私以外に、あなたを愛してくれる人がいるって」

直弥:「でも、僕が愛しているのは君だ!」

沙織:「でも、私はもう、あなたの手を取ることは出来ないの」

直弥:「――え?」

沙織:「私が、今日その話を聞いて安心した時にね、声が聞こえたの。きっと神様なんでしょうね。君はもう目覚めることはない。このまま眠り続けるか、息を引き取るか選ばせてあげるって。

沙織:それだけでも、私は嬉しかった。私が居なくならないと、直弥は前に進めないから。でも、私はもう一つお願いを、我侭(わがまま)を言ってしまった。最期に直弥とお話がしたいって。

沙織:でも、それはやっぱり無理があったみたいで、私は記憶を失って、幽霊みたいなこの姿で放り出された。不安だったけど、あなたに出会えて、こうしてお話しできた。もう、心残りはないわ」

直弥:「そんな、そんなこと、言わないでくれ」

沙織:「私の望みは、半分叶った。後はあなたが、幸せに生きてくれれば―」

直弥:「君の居ない明日を?そんなの、無理だ」

沙織:「大丈夫。直弥、さっき自分で言ってくれたじゃない。私が好きだって言えば、なんでもできる気がするって」

直弥:「でも」

沙織:「好きよ」

直弥:「―っ」

沙織:「大好き」

直弥:「――ずるいよ」

沙織:「でも、それが私のお願い。人の顔色を伺ってばかりだった私の、あなたにおくる、最期の我侭」

直弥:「うっ、うぅっ」(すすり泣き)

沙織:「大丈夫。私、信じてるわ。それじゃ、目を閉じて。あの頃みたいに、安らかに眠って」

直弥:「眠れるわけなんて、ないだろ」

沙織:「いいえ、そういう約束なの。神様との。だから、おやすみ」

直弥:「そんな、まだ僕は、君に伝えたいことが、たくさん」

沙織:「言ったでしょ?眠っていた間のあなたの言葉、全部聞こえてたって。握ってくれていた手の温もりも、伝えてくれた想いも、全部、持っていくから」

直弥:「そん、な。沙織、好き、だ。愛してる。ずっと、一緒、に」

直弥:瞼は次第に重くなり、僕は唐突な睡魔によって強制的に意識を剥奪された。

直弥:最後に見えたのは、僕をのぞき込む彼女の、悲しそうな、優しい微笑みだった。

 間。語りの主軸が沙織に移ります。膝の上で寝息を立てる直弥へ語りかけるように。

沙織:「眠った?うん。もう、起きていないみたいね。

沙織:ごめんね。きっとあなたは、これからたくさん泣いてしまう。喉が枯れるまで叫んで、立ち上がる気力だって失せてしまうほどに。

沙織:でもね、私がこのまま生きてたら、あなたをあの病室に縛り付けてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。あなたの想いを、蔑(ないがし)ろにしてしまうようだけど、あなたには、私との愛に決別して、新しい恋に出会ってほしい。

沙織:それが、今の私に許された、最大限の我侭。

 少しの間。この辺から涙ぐみながら。

沙織:でも、ね。ほんとはね、今すぐ目を醒まして、あなたを抱きしめたい。リハビリして、普通の生活を送れるようになって、あなたとまたこうして、公園のベンチで過ごしたい。手を握って、見つめあって、何でもない時間を過ごしたい。結婚して、子供も産んで、しわくちゃのおばあちゃんになるまで、直弥と、一緒に――いっしょ、に・・・

沙織:ごめんね。こんなこと伝えたら、あなたを縛ってしまうと思ったから。あなたが眠ってる間に言葉にする狡い私を、許してね。

沙織:本当は、あなたの隣を歩いていたかったけど、取り返しのつかない馬鹿な選択をしたのは、私自身。だから、本当はいやだけど、私以外に直弥の隣を歩んでくれる人がいるなら、それが今の、私の幸せ。

沙織:最後にこうして、お話しできて、本当によかった。

沙織:さようなら、直弥。元気でね。

沙織:大好きだよ」

 間。語りの主軸が直弥に移ります。

直弥:「はっ―はっ―はっ―はっ―んぐっ、はっ―はっ―はっ―」

直弥:目を醒ました時、沙織はいなかった。

直弥:最初は本当に、夢だと思った。ついさっきまで病室で眠っていた沙織が、こんなところにいるはずないって思ったから。

直弥:でも、僕は急いで病院に戻った。最期の彼女の顔が、頭から離れなかったから。

直弥:守衛のおじさんもナースステーションの看護師さんも、もう顔見知りだったし、僕の様子を見て、誰も僕を止めようとはしなかった。

直弥:階段を駆け上がり、病室に着いた時には、数人の看護師とお医者様が彼女の周りに立っていて、室内には、無慈悲で無機質な電子音が、鳴り響いていた。

直弥:よろよろと歩み寄る僕に場所を空けるように、周囲の人が病室を後にする。

直弥:そこに横たわっているのは、ついさっきまで話してた彼女と同じ、悲しそうな、優しい微笑みを浮かべた沙織だった。

直弥:「うっ――うぅ、そんな、いやだ、うぅ、僕は、君さえいればそれでよかったのに。

直弥:君がいない明日なんて、君の居ない人生なんて、僕は、ぼくは、うぅ、うぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 間。数年後に例の後輩と結婚し子供にも恵まれた直弥のモノローグ

直弥:あれから7年。今このベンチに、君じゃない女性と座って、間には1歳になる男の子もいる。君ではない、僕を好きでいてくれる人と、僕は新しい恋を始めて、それは愛になった。

直弥:でもね、僕はあれからここで、膝枕だけはしてもらってないんだ。

直弥:新しい愛を育むのに、君への愛を忘れる必要なんてないだろ?

直弥:もちろん、今の愛が嘘だなんてことはない。僕は何に代えても、この家族を守りたいと思ってる。

直弥:でもね沙織。僕は君とだけの思い出だって、ずっと持ち続けていく。忘れることなんてできやしないんだ。

直弥:君は僕の全て、だった。今は違うけど、今の僕は、その想いを抱いた自分の延長線上にいるんだ。

直弥:これからどんなことがあったって、僕は君を愛した僕を、君のことを、忘れないよ。

直弥:またいつか、神様が僕たちを会わせてくれたなら、その時には、僕から声をかけるよ。

直弥:「ねえ、少しお話しない?」ってね。



執筆 刹羅木 劃人

刹羅木劃人の星見棚

一つの本は一つの世界、一つの星。

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