R.I.P. Outer Heaven【1:2:1 50分 紛争戦災台本】

 この台本はバッドエンド版が先行して投稿されており、そちらを先にご覧いただくことをお勧めします。

 終盤、銃声のSEが必要になる場面があります。SE無い場合は息遣いなどで伝えられるよう頑張ってください。

 シナリオのあとがきに演者向け参考資料としてメモ書きがあります。読まなくても構いませんし、観客に紹介する必要はありません。

 場面転換時は聞き手にわかる様にしっかり間を開けていただけると嬉しいです。

このシナリオはバッドエンド版 InnerHell があります。

以下本編

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 南アフリカ大陸。点在する小さな町の間にひろがる荒野。ぽつぽつと生える草木。

 辛うじて轍が残る乾いた大地を、砂埃を巻き上げながらガタついたトラックが走る。

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「へぇ。こんな辺境の子供たちのために、わざわざ遠い日本からねぇ。ヒッチハイクで珍しい風貌の娘を拾ったと思ったが、いやぁ立派なもんだ」

理香:「そんな大したことじゃないよおじさん。世の中にはそういう人がたくさんいて、私はその後に続くだけなんだから」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「いいや、とんでもねぇ。どんな国だろうと、人はその日を生きていくので精一杯なやつがほとんどさ。

鷲崎:嬢ちゃんみたいに、自分以外の人のために行動できる奴なんて、そういねぇよ」

理香:「でも、だからこそ、その人たちの分まで私が頑張るんだ。だって、誰だって、みんなが幸せな方がいいに決まってるもの」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「眩しいねぇ。そう。みんなそうなのに、そんなことをいつの間にか忘れていくんだよ。

鷲崎:それとなぁ嬢ちゃん、一個だけ、人生の先輩からのアドバイスだ」

理香:「?」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「みんなが幸せな方が良いに決まってる。そりゃそうだ。でも、例えば他人の幸せを壊すことに幸せを感じるやつがいたら、嬢ちゃんはどうする?」

理香:「え?そ、れは」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「綺麗な言葉ってのは、大抵都合の悪いものを見て見ぬふりするのに使われたりするもんさ。特に汚い大人にな」

理香:「見て見ぬふり……」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「嬢ちゃんは、これから先の人生でいろんなもんを見るだろう。目を逸らしたくなるような現実って奴とかな」

理香:「現実って、そんなに哀しい出来事で溢れてるのかな」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「ああ。現実ってのは、人によって天国にも地獄にもなる。そして嬢ちゃんの育った国とここを比べるなら、やっぱりこの辺は地獄さ。

鷲崎:それでも嬢ちゃんが、これから先の人生でも、綺麗な言葉を胸を張って言い続けられるように祈ってるよ。さ、到着だ」

 理香、車を降りて伸びをする。

理香:「んーーっ!ふぅ。やっと着いた。ありがとね!おじさん」

鷲崎:兼ね役地元のおじさん

鷲崎:「いいってことよ!通り道だったし、面白れぇ話も聞けた。頑張んなよ、嬢ちゃん」

理香:「うん!おじさんも道中気を付けてね」

 地元でヒッチハイクした車がアクセルと共に緩やかに加速し離れていく

理香:「うっし!今日からここが、私の戦場だ!」

 剥き出しの自然の香りを胸に取り入れ、キャンプに入っていく理香。

 R.I.P. Outer Heaven

理香:「えーっと、たしか入り口から真っすぐ……あっ、綺麗なお花!」

 施設入り口の花壇に水をやっていたフリーデが理香に気づく

フリーデ:「こんにちは!お姉さん!お姉さん、お花は好き?」

理香:「こんにちは。うん!大好きだよ。綺麗なチューリップだね」

フリーデ:「えへへ。毎日がんばってお世話してるから。こうやって綺麗に咲いたお花を育てたり眺めたりしてると、なんだか温かいきもちになるの」

理香:「分かるなぁ。お花ってそういう力があるよね。花束を送られた人がお花と同じようにぱぁって華やかな笑顔になるのとか、嬉しいよね」

フリーデ:「花束…?せっかく綺麗に咲いてるのに、摘み取っちゃうの?」

理香:「うん。花壇に咲いてるのも素敵だけど、花瓶に刺して部屋を華やかにしたり、人におくるために想いと一緒にぎゅっと束にしたお花も良いものだよ。伝えたい想いと同じ花言葉を選んだりね」

フリーデ:「花言葉!知ってる。チューリップの花言葉は『思いやり』、でしょ?」

理香:「物知りだね。でも知ってる?お花は色によって花言葉が違ったりするんだよ」

フリーデ:「そうなの?」

理香:「チューリップはね、ピンクは『愛の芽生え』、黄色は『名声』、紫は『不滅の愛』、赤は『愛の告白』と『私を信じて』。もっとたくさんあるんだよ」

フリーデ:「そうなんだ――すごいねお姉さん!」

理香:「ふふっ。でもこんなに綺麗に咲かせるなんて、君も凄いよ」

フリーデ:「タカヤ先生に教えてもらったんだ。お世話の仕方も、花言葉も」

理香:「タカヤ先生――って事はやっぱりここが」

フリーデ:「先生の知り合いなの?先生なら多分もうすぐ―」

 花壇脇の玄関から鷲崎が顔を覗かせる

鷲崎:「フリーデ、花壇のお世話ありがとう。そろそろ中に――って、やあ、立花さん!まってたよ」

理香:「鷲崎さん!お久しぶりです!」

鷲崎:「去年サークルの同窓会であって以来だね。あぁ、まずは卒業おめでとう、か」

理香:「ありがとうございます。おかげさまで」

鷲崎:「元気そうで何よりだ。長旅、疲れたろう?」

理香:「いえ、来る途中見るもの聞くもの、全部新鮮で勉強になりました」

鷲崎:「ははっ、頼りにしてるよ。改めまして、立花理香さん。ようこそ、南アフリカ、そして僕らのキャンプR.I.P(リップ)へ。責任者の鷲崎孝也です。これからよろしくね。

鷲崎:小さい集落だけど、案内するよ。まずは僕らの生活するこの施設からだ」

理香:「やっぱり!ここが」

鷲崎:「そう。僕らと子供たちの住んでるところ。僕らは単純にホームって呼んでる。奥が君の部屋だから、まずは荷物を置いてくるといい。

鷲崎:そのあとで、教室まで案内するよ。皆に紹介するからね。っとその前に、せっかく会ったんだし先に紹介しようかな」

フリーデ:「わたしフリーデ!兄さんと一緒にここで暮らしてるの。よろしくね!」

理香:「立花理香です。こちらこそ、よろしくね!」

鷲崎:「じゃあ、先に行ってるね」

理香:「はい」

フリーデ:「リカ先生!またあとでね!」

理香:「うん!」

 部屋にたどり着き、荷物を置き終える

 間

理香:「っしょっと。ふぅ、荷物もうちょっと減らしてもよかったかな。子供達が喜びそうだからっていろんな物持ってきすぎたかも。

理香:まいいや、さっそく教室の方に―っておっと!」

 部屋を出てすぐ廊下で少年とぶつかりそうになる

理香:「ごめんね!大丈夫?」

フーグァ:「ちっ」

 少年、睨み、舌打ちして過ぎ去っていく

理香:「っと。初対面で嫌われちゃったかなぁ。ううん!これからこれから!よし、教室に行って子供たちにご挨拶だ!」

 教室、教壇にて自己紹介の挨拶を終える理香

 間

鷲崎:「みんな、授業の前に少し良いかな?今日からこのキャンプR.I.Pで一緒に暮らす、新しい先生を紹介させてほしい。さぁ」

理香:「はじめまして、立花理香です。日本という国から来ました。鷲崎先生と同じ国の出身です。

理香:ここでの生活や、これから先のこと、みんながもっと笑顔で居られるように、一緒にがんばっていきたいです。みんな!これからよろしくね」

 拍手(SEで流すか、キャスト全員で拍手。4~5秒くらい)

鷲崎:「ではこの後はオズマ先生の算数の授業だ。立花先生とのお話は、その後でね」

 教室を出る理香と鷲崎。歩きながらロビーに出て立ち話。

鷲崎:「挨拶お疲れ様。言葉の発音もしっかりしてたし、子供たちもしっかり聞いてくれてたね」

理香:「英語とアフリカーンス語はなんとか。ズールー語とコサ語はまだ勉強中です」

鷲崎:「アフリカは言語も民族も多様だからね。子供たちに英語を教えはするけど、彼らの母語も大事にしてほしいんだ。言葉は人を作るからね」

理香:「はい!もちろんです。それと、鷲崎さん。さっき教室で紹介してもらった他に、目つきの鋭い男の子が居ると思うんですが―」

鷲崎:「あぁ、もう会ったのかい?ちょうどその子の話をしようと思ってたんだ。

鷲崎:彼はフーグァ。さっき紹介したフリーデって子のお兄さんだ」

理香:「あぁ、あの花壇の女の子の」

鷲崎:「彼は――元少年兵なんだ。紛争に巻き込まれて銃を手に取り、悪い大人たちに惑わされて過ちを犯してしまった。

鷲崎:まあさっきの教室の中にもそういう子はいるし、この辺じゃ珍しくもないんだけど、彼の場合はちょっと特殊でね」

理香:「というと?」

鷲崎:「兵士としての才能が有りすぎたんだ。紛争が終わって保護されるまでの間に、正規兵よりも多くの戦果を挙げてしまった。

鷲崎:錯乱状態の彼を保護するために、特別に凄腕の兵士が用意されたほどにね。

鷲崎:薬物依存の後遺症も抜けきっていなくて、精神的にも他の子に比べて安定しているとは言えない。

理香:「戦果…」

鷲崎:「妹想いのいい子なんだ。あの二人は、他の家族も紛争で失って、もう血縁者はお互いだけ。

鷲崎:だから僕は、彼らを引き離したくない」

理香:「大丈夫です!覚悟はしてきましたから!そんなことで怯えたりしませんよ私!

理香:せっかく争いごとから離れられたんですから、みんなには幸せになってほしいです!」

鷲崎:「そうだね。僕もそう思って、この生き方を選んだ。立花さんみたいな若者が、後に続いてくれるのは、とても嬉しい」

理香:「私、経験もないし人間としてもまだまだ未熟です。でも、サークルの活動やOBの皆さんの活躍を見て、本気で、少しでも子供たちの涙を減らせたら、そのお手伝いが出来たらって、そう思ってここに来ることを決めたんです。

理香:綺麗事だって笑われたって、行動しなきゃ何も変わらないってことだけは、学んできましたから」

鷲崎:「あぁ、立花さんの言う通りだよ。でもね、覚えておいて。覚悟しているからって、何でも受け入れられるわけじゃない。

鷲崎:ここは紛争地帯から距離はあるけど、それでもいつ火の粉が降り注いでくるかは分からない。どんな悲劇が起こっても、誰のせいにもできないんだ。

鷲崎:まだ経験したことのない惨状や感情に備えることなんて、出来ないんだよ」

理香:「は、はい。」

鷲崎:「あーっと、ちょっと驚かせすぎちゃったかな、あはは。

鷲崎:さて、明日からは君にもたくさんのことをしてもらうよ。子供たちの教育はもちろん、生活基盤の改善や集落の他の住民たちとの関係構築。活動内容は様々だ」

理香:「はい!大学にいる時からこの日の為にたくさん勉強してきましたから!ついに子供たちの未来のために力を発揮できるんだって思うと、燃えてきます!!」

鷲崎:「うん、期待してるよ。ますは子供たちと仲良くなってあげてほしい。これからの僕らにも、彼らにも、大事なことだから」

理香:「任せてください!小さい子たちと仲良くなるの、得意なんです」

鷲崎:「今日の夕食は、君の歓迎会だ。その特技を遺憾なく発揮してくれ」

 夕方・理香歓迎会・子供らと歓談する理香

 【間】

フリーデ:「だからね、私とっても嬉しかったの!遂に女の先生が来たんだって、飛び跳ねちゃうくらいに!」

理香:「確かに、ここに来てる大人たちはそこそこ歳を重ねた男性ばかりだし、フリーデちゃんが聞きたい話は聞けないかもね」

フリーデ:「そうなの。アメリカや日本の女の子のおしゃれについてたっくさん聞きたいのに、タカヤ先生もオズマ先生もちっとも知らないんだもの」

鷲崎:「あっはっは、手厳しいなフリーデは」

理香:「そうね、お化粧道具だってたくさんあるし、流行や季節によっても変化があるから、おじ様には難しいのよ」

フリーデ:「そうなんだ。じゃあ、仕方ないのかな」

理香:「大丈夫!私がばっちり教えたげるから!」

フリーデ:「ほんと!?」

理香:「まっかせなさい!でもその前に、お勉強の方もしっかりしなきゃね」

フリーデ:「それは大丈夫よ。私、お勉強も大好きなの。みんなと一緒に新しいことをたくさん知ることが出来るんだもの。前までの生活に比べたら夢みたいだなって思うの。

フリーデ:でもね、今は他にも、自分が決めた夢があるの!しっかり勉強して賢くなって、いつか他の、平和な国で暮らしたい。兄さんと、二人で」

鷲崎:「フリーデは成績もいいし、何より外国への興味が強いからね。理由や目的があれば、人は努力を積み重ねられる。いつかきっと、その夢は叶うよ」

理香:「そうだ。お兄さんのこと、聞かせてほしいな。来た時に顔合わせたんだけど、お話できなくって」

フリーデ:「あっ、もしかして兄さん、失礼な態度とらなかった?ごめんねリカ先生」

理香:「ううん、そんなことないよ」

フリーデ:「兄さんはね、やさしいの。いつも家族のために動いてくれる人で、お父さんやお母さんのことも、私のことも深く思いやってくれる。

フリーデ:だから、両親を失った時も、とても悲しんでいた。泣いて泣いて、優しかった兄さんは、鬼になった」

理香:「鬼…?」

フリーデ:「でもわたしは、どんな兄さんでも愛してるわ。今は少し調子が悪いだけで、平和な国にいけば、争いごとから離れれば、きっと前みたいに笑って暮らせるって信じてるから」

理香:「うん――うん、そうよね。私も手伝うわ。二人が幸せに暮らせる未来が来るように」

フリーデ:「ありがと、リカ先生」

 歓迎会終了後・台所にて後片付け

 【間】

鷲崎:「わるいねぇ。立花さんの歓迎会なのに、後片付けまで手伝ってもらっちゃって」

理香:「いいんですよ。私が言い出したんですし。ところで鷲崎さん、その取り分けてある料理って」

鷲崎:「あぁ、フーグァは来なかったからね。部屋に持っていこうかと。いつもみんなが集まるところには顔を出さないんだ」

理香:「――それ、私が持って行っても?」

鷲崎:「大丈夫かい?話したとおり、彼は僕らには想像もつかないような生き方をしてきた。無理に距離を縮めるより、時間をかけた方が良いこともある」

理香:「でも、初日に顔を合わせたのに自己紹介も無しなんて、寂しいですから」

鷲崎:「わかった。彼の部屋は。子供たちの宿舎の一番奥だ」

理香:「ありがとうございます」

鷲崎:「気を付けてね」

理香:「はい。いってきます」

 フーグァの部屋の前

 間

 ノック音

理香:「こんばんは。まだ起きてるかな?朝すれ違ったの、覚えてる?今日からここでお世話になる、立花理香です。夕食持ってきたから開けてくれないかな」

 返事がない

理香:「フーグァ君?もしもーし」

フーグァ:「要らない。そんな気分じゃない」

理香:「あ、よかった、起きてた。おなかすいてない?」

フーグァ:「俺にかかわるな。帰れ」

理香:「でも、せっかくだからちゃんと顔を見て挨拶を」

フーグァ:「かかわるなって!言ってるんだ!!」

理香:「っ――ごめんね。ごはん、袋に入れてドアノブにかけとくね。おやすみ」

 立ち去る理香

 翌日・理香の授業後

 【間】

理香:「じゃ、今日の授業はここまで!分からないとこがあったら、じゃんじゃん聞いてね」

フリーデ:「リカ先生」

理香:「フリーデちゃん!さっそく先生に質問とは、熱心だねぇ」

フリーデ:「いや、そうじゃなくて。ちょっと、いい?」

理香:「え?う、うん。じゃあ、中庭にでも出ようか」

 教室の外・中庭のベンチ

理香:「ふぅ、今日も天気いいねぇ。花壇も相変わらず綺麗だし、心が洗われるみたい」

フリーデ:「タカヤ先生が教えてくれて、土や種も持ち込んでくれたの。毎日お世話するのもとっても楽しいわ。リカ先生にも、もっと教えてほしいな、花言葉とか」

理香:「ふふっ。私が知ってることならなんでも。―それで、話ってなにかな?」

フリーデ:「昨日、兄さんの部屋に行ったでしょ?隣の部屋の子から、大きい声がしたって」

理香:「あー、うん。そうなの。ちゃんと挨拶しておきたかったんだけど」

フリーデ:「ごめんなさい!」

理香:「え?」

フリーデ:「昨日言ったことは嘘じゃないの。本当にやさしいひとなのよ。

フリーデ:でも、今は戦争の後遺症でうまく人と関われないの。他人との距離が近いのを嫌がったり、音に敏感だったり」

理香:「鷲崎さんに、少しだけ聞いた。妹想いのいい子だけど、戦争のせいで傷ついた心と体がまだ治ってないんだって」

フリーデ:「私やタカヤ先生と話す時はまだいくらか落ち着いてくれるのだけど、他の人には全然だめで。

フリーデ:でも、私兄さんの為に何とかしてあげたいの。兄さんがあんな風になったのは、私を守るためでもあるから。それに、私の夢の為にも」

理香:「戦争のない平和な国で、二人で暮らしたいっていう夢だね」

フリーデ:「だからね、昨日怖い思いをしたばかりで申し訳ないのだけど、もう一度兄さんと話をしてほしいの。私達の知らない、平和な暮らしっていうのを、兄さんに伝えてほしいの」

理香:「うん――もちろんだよ!私はその為に、ここに来たんだもの」

フリーデ:「兄さんは、村はずれの小高い丘の上で夕方までずっと一人でいるの。周りに人がいると、落ち着かないみたいで」

理香:「いいよ。行こう。理香先生にまかせなさい!」

 村はずれの丘の上

 【間】

フリーデ:「はっ、んしょっと、、ふぅ、着いた。兄さん!」

フーグァ:「フリーデか。また授業にでていたのか?あんなの受けなくてもいいっていつも――

フーグァ:っ!その女は」

フリーデ:「昨日会ってるでしょ。新しく来た先生よ。リカ先生。ニホンから来たの」

理香:「こんにちは!昨日の夜はごめんね。急に部屋を訪ねちゃって」

フーグァ:「かかわるなって言ったはずだ」

フリーデ:「大丈夫よ兄さん。私も居るし、これ以上近づかないわ。ごめんなさい先生。兄さんの為にも、少し遠いけど、ここからお話してくれる?」

フーグァ:「話すことなんてない!フリーデからも離れろ!俺からこれ以上!何も奪うなっ!!」

理香:「奪ったりなんてしないよ。私は君たちが幸せで平和に暮らせるように―」

フーグァ:「それを奪うっていうんだ!!フリーデに変な妄想を吹き込んで、連れ去ろうっていうんだ。人さらいとどこが違うんだ」

フリーデ:「違うわ兄さん。世界には、戦争のない平和な国があって、勉強して仕事ができるようになれば、そこで暮らせるようになるの。だから」

フーグァ:「そんなの信じられるわけないだろ。ある日突然現れて、勝手に施しを押し付けて、想像もつかない世界で生きていけるようになれなんて、納得できるわけないだろ!」

理香:「だ、だからね、そういう世界のこと、あなたに知ってほしくてここに来たの。フリーデちゃんと、皆と一緒に授業を受けて、少しづつでいいから私たちのことを――」

フーグァ:「そういうあんたは、俺たちの世界について、どれだけ知ってるんだ」

理香:「え?」

フーグァ:「みんなと一緒に?無理だ。このキャンプに来るまでずっと、銃とナイフを持って走り回って、人を殺して生きてきた。

フーグァ:密林を走ってる時、目の前の木の後ろに敵兵が居た時に跳ねる心臓がどんなものかわかるか?街角で出合い頭にナイフを振るう手の震えがわかるか?

フーグァ:周りにいるのは常に命を脅かす敵で、気を抜いていい瞬間なんてなかった。殺さなければ殺される。一瞬の判断の遅れが死につながる。

フーグァ:手が届く範囲に、銃の射線が通る場所に他人が居るというだけで落ち着かない俺の気持ちがわかるか!」

理香:「そ、れは」

フーグァ:「最初にここに来た頃、食事の時間が恐ろしかった。すぐ隣に、フォークを持ってる知らない他人が座ってる。俺は自分のフォークで隣の子の喉を突くのを我慢するので精一杯だった。

フーグァ:ペンだってそうだ。目玉を抉るのには十分すぎる。それをみんなに配って、勉強がどうだとか普通の暮らしがどうだとか言い始めた海の向こうから来た大人たちを、なんで信じられる?」

理香:「でも、戦場で生きていくよりも、今の方がよっぽど―」

フーグァ:「あんたの国では、人殺しはないのか?」

理香:「っ!」

フーグァ:「あんたの国では、みんな幸せなのか?」

理香:「えっ、と」

フーグァ:「聞いたよ。あんたの国では殺しは法で禁じられてて、重く罰される。

フーグァ:でも殺人はなくならないし、自分で命を絶つ人だって大勢いる。どこの国でも殺しはダメなことだけど、平和に暮らしていたってテロに巻き込まれてしまえば大勢死ぬ。

フーグァ:でも、仕返しで殺すのはやっぱりやっちゃいけないことで、許されない。それでホントに平和って、幸せだって言えるの?」

理香:「でも、この国に比べたら―」

フーグァ:「俺はこの国に居れば、生きていける。人を殺して金を稼いでいれば、妹と二人生きていく分は食べ物を買える。この4年、そうやって生きてきた。妹と、この地獄を生き抜くために」

理香:「そんな…」

フリーデ:「でも、私はもう兄さんに、悲しい思いをしてほしくない。人を傷つけて、その分兄さんだって傷ついてる。

フリーデ:だから、一緒に平和で優しい国に―」

フーグァ:「そこで生きていける保証は?それまでそいつらが責任を持って守ってくれる確証は?この世界にはそんなものは無い。無いんだよフリーデ。俺はこの4年で嫌というほど味わった。

フーグァ:お前もそうだろう?父さんの頭が吹き飛んで、母さんが犯されたあの日に、思い知ったはずだ」

フリーデ:「兄さん…」

フーグァ:「わかったら、これ以上俺にかかわるな。俺が今ここに居るのは。生きるのに都合がよくて、フリーデが安全に暮らせるからだ。

フーグァ:だから、あんたの考える幸せを押し付けないでくれ。

フーグァ:俺から戦場を、妹を、奪わないでくれ」

理香:「っ――」

 立ち去るフーグァ・立ち尽くす理香とフリーデ

フリーデ:「あっ、兄さん!――はぁ。ごめんなさい、リカ先生」

理香:「ううん、私の方こそ、ごめんね。うまく、言えなくて」

フリーデ:「――兄さんね、本当はここじゃなくて、別の施設に入る予定だったの。薬物の後遺症がある子供が入る、治療ができるようなちゃんとした施設。

フリーデ:でも、タカヤ先生が手配してくれて、二人でここに住めるようになったの。本当に嬉しかった。兄さんも私も、一緒にいるためなら、本当に何でもするつもりだったから」

理香:「鷲崎先生も言ってた。二人を引き離したくないって」

フリーデ:「本当に感謝してる。だから、私はこの奇蹟を手放したくない。何があっても、兄さんと一緒に生きていきたい。出来れば、平和な場所で」

理香:「そう、だよね。うん。先生も、そうしてあげたい」

フリーデ:「――ねぇ、先生にお願いがあるの」

理香:「なに?」

フリーデ:「今日のことで、兄さんのことを嫌いになっちゃったかもしれないけど、また兄さんに話してあげてほしいの。争いのない、平和な世界のこと。

フリーデ:それと、もし、私が兄さんと離れることがあったら、私の代わりに兄さんの手をとってほしいの。

理香:「え?」

フリーデ:「誰かが引き留めてないと、兄さんすぐにどこかへ行っちゃうから」

理香:「それって、戦場、ってこと?」

フリーデ:「それも含めて、手の届かない所全部」

理香:「うん――うん!まかせて!約束する。二人が幸せに暮らせるように、私、全力で頑張るから!

理香:うっし!んじゃ、帰ろうか。ホームに。」

フリーデ:「うん!」

 一ヶ月後・フーグァの誕生日・夕方・ホームの廊下を歩く兄妹

 【間】

フリーデ:「兄さん!はやくはやく!」

フーグァ:「ま、まてフリーデ。どこに行くんだ」

フリーデ:「いいからいいから!

フリーデ:ねぇ兄さん。リカ先生とお話してもうすぐひと月経つけど、その後どう?」

フーグァ:「――あの新人なら、しつこいくらいに纏わりついてくるよ。

フーグァ:こっちがキレるぎりぎりのところまで、毎日毎日な」

フリーデ:「ふふっ。そっか。私達のこと、真剣に向き合ってくれてるんだね」

フーグァ:「鬱陶しくて仕方ない」

フリーデ:「でもね、先生、約束してくれたよ。私達が幸せに暮らせるように頑張ってくれるって。

フリーデ:タカヤ先生は私たちのこと、ちゃんと見守ってくれてる。

フリーデ:でも、他の先生もそうだけど、兄さんのことはそっとしておいた方が良いって、深くかかわろうとはしなかった」

フーグァ:「俺はそれでいい。いつカッとなって殺してしまうかも分からないしな」

フリーデ:「でも、リカ先生は違う。私達に寄り添ってくれてる。私の夢を、応援してくれる」

フーグァ:「そんなこと、頑張らなくてもいいんだ。いつかここに居られなくなっても、俺が戦場に出れば―」

フリーデ:「兄さんには、本当に感謝してる。私の為に地獄を見て、兄さんの世界は変わってしまった。

フリーデ:でもね、私兄さんと一緒に生きたいの。ずっと一緒に」

フーグァ:「当たり前だ。約束しただろ。ずっと傍に居るって」

フリーデ:「うん。だから、兄さんと私が、お互いに住む世界が違うっていうなら、二人で一緒に新しい世界に行ってみたいの。

フリーデ:私は兄さんと平和な世界で暮らしたい。ただ生きていられる以上の幸せを、掴んでみたい」

フーグァ:「たた、生きていられる以上の――」

フリーデ:「だから、リカ先生の言葉、聞いてみて?ね?」

フーグァ:「……」

フリーデ:「さ!着いたわ」

フーグァ:「食堂?この飾りつけは――みんな揃って一体何を」

フリーデ:「さぁ、兄さんはこの席よ。」

フーグァ:「?なんで席が決まって――花?」

フリーデ:「花壇で私がお世話してる花だよ。チューリップっていうの。今朝詰んで、花瓶に差したの。綺麗な赤色でしょ?

フーグァ:「赤……赤は、嫌いだ」

フリーデ:「そう―――兄さん知ってる?赤いチューリップの花言葉」

フーグァ:「花言葉?」

フリーデ:「『私を信じて』」

フーグァ:「っ――」

フリーデ:「先生!お願い!」

 理香、火のついた蝋燭の立ったケーキを持ってキッチンから出てくる

フーグァ:「?――っ!」

 理香、鷲崎、フリーデでバースデーソング歌う。たぶんラグでずれると思いますけど、仕方ないのであまり気にせずに。

フリーデ:「せーのっ」

三人:「ハーッピバースデートゥーユー。ハーッピバースデートゥーユー。ハーッピバースデーディアフーグァ。ハーッピバースデートゥーユー」

 拍手しながら

鷲崎:「おめでとう」

理香:「おめでとっ!」

フリーデ:「おめでとう兄さん!」

フーグァ:「こ、れは」

 拍手終わり

フリーデ:「今日は兄さんの誕生日よ!忘れてたでしょ?もう何年もお祝い出来てなかったから」

鷲崎:「僕らの国ではね、こうしてパーティを開いてお祝いするんだ。君は迷惑に思うかもしれないけど、立花先生の発案でね」

理香:「前はあんな風に言われちゃったけど、それでも君に、知ってほしいの。

理香:人を殺さなくて済む暮らしが、確かにあるんだってこと。そしてフリーデちゃんが何よりも願ってるのは、フーグァ君と一緒にその夢をかなえることなんだってことを」

フーグァ:「――っ。フリーデ」

理香:「こうやってみんなでケーキを囲んで、部屋を飾って、お祝いをする。そういうことを、少しづつでも知っていってほしいの。

理香:私も、君たちのこと、もっと聞いて知っていきたい。だから―」

フーグァ:「今日だけ」

理香:「え?」

フーグァ:「今日だけは、とりあえず、聞いてもいい」

理香:「っ!――ありがとう!!」

フリーデ:「兄さん!大好き!!」

フーグァ:「おいフリーデ。急に抱き着いたら机の上のもの、零れちゃうぞ」

フリーデ:「えへへ」

理香:「ふふっ。実はね、こういう時のためにいろいろ荷物持ってきたの。

理香:あらためて、お誕生日おめでとう!」

 パーティ用クラッカーを鳴らす。SEか理香役の方が一拍手ならしてください

フーグァ:「うっ――ううぅ」

理香:「びっくりした?こういう小道具は飾り付けと一緒でお祝い事を盛り上げるのにうってつけで―」

鷲崎:「っ!しまった。フーグァ、だいじょ―」

フーグァ:「うあああああああぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ」

 以降フーグァの発狂、絶叫はずっと続けて、他の方は被せるようにセリフを言う

理香:「っ!」

フリーデ:「兄さん落ち着いて!」

フーグァ:「うっ、うあぁぁぁぁぁあ!

フーグァ:敵、敵は、どこだっ。どこだぁああ!」

 フーグァ、暴れまわりケーキやグラスを床にぶちまける

鷲崎:「フーグァ大丈夫だ!ここは戦場じゃない!立花さん、他の子を連れて別室へ」

理香:「えっ、あっ」

鷲崎:「早く!!」

理香:「っ!はい!」

フリーデ:「兄さん!兄さん!!」

フーグァ:「くっ!っぁああああああ!うああああああああああああああ!」

 ほかの子供たちと部屋を後にする理香

 長めの間。絶叫の余韻に浸れるくらい。

 二時間後・部屋の片づけをする理香のもとに怪我をした鷲崎が戻ってくる

 【間】

鷲崎:「あぁ、立花さん。先に片づけを始めててくれたんだね」

理香:「鷲崎さん!その腕…」

鷲崎:「なに、かすり傷だよ。」

理香:「フーグァの様子は?」

鷲崎:「少し落ち着きを取り戻したけど、まだ安心とは言えない。今はフリーデがついている。

鷲崎:ここはカウンセラーが常駐してないから、今は下手に僕らが傍にいるより、二人だけの方が良い」

理香:「――その、やっぱり私のせいでしょうか」

鷲崎:「いや、僕が事前によく確認すべきだった。心的外傷を負った人間は、きっかけになるスイッチでトラウマが甦ることもある。

鷲崎:―あれが彼の後遺症だよ。クラッカーの音が銃声に聞こえてしまって、いろいろフラッシュバックしてしまったんだろうね。

鷲崎:ロウソクの火も、避けた方がよかったかもしれない。火は、人の心にいろんな物を焼き付ける。特に戦場ではね。」

理香:「っ――」

鷲崎:「これが、彼の心が抱える傷。これを乗り越えなければ、彼はこの国での当たり前の暮らしにさえ戻れない。

鷲崎:まして他国での生活となると、厳しい壁を乗り越える必要がある」

理香:「すみません」

鷲崎:「僕には謝る必要ないよ。君はまだ若い。失敗を積み重ね、受け止めて、それでも前を向いて進んでいく。それは若者の特権だ。

鷲崎:だから、これからもっと知っていけばいい。彼らのことを」

 間

理香:「フーグァに言われたんです。僕から戦場を、妹を奪うなって」

鷲崎:「そっか」

理香:「貧困に喘ぐ子供たちは、みんなこんな暮らしから抜け出したがっていると決めつけてました。日本にいる間に見えるのは、そういう救われたがっている子供たちだったから。

理香:私、一人でも多くの命を助けるお手伝いが出来たらって、そう思ってここに来たんです。

理香:それは嘘じゃないはずなのに、なのにわたし…」

鷲崎:「他人を助けたいという意志は、尊いものだと思う。それと同時に、とても気持ちのいいことなんだ。悪い意味でね」

理香:「悪い、意味?」

鷲崎:「優越感、という言葉で一括りにするのは良くないと思うけど、ある種の全能感が心に芽生えるんだ。承認欲求の延長にあるものかもしれない。他人を助けて、感謝されたいと、心のどこかでそう思ってしまう」

理香:「私そんなつもりじゃ!」

鷲崎:「分かってるよ。言ったろ?尊いことだって。でも、人はどこかで充足や見返りを求めてしまう。それが普通なんだ。何も悪いことじゃない。

鷲崎:でもだからこそ、他人を救うというのは、見様(みよう)によってはとても傲慢で、難しいことなんだ。僕らは漫画やアニメのヒーローじゃないからね」

理香:「それでも、鷲崎さんはもうこの活動に従事して長いですよね?

理香:なんで、続けてこられたんですか?」

鷲崎:「――そう言えば、このキャンプRIPの名前の由来をまだ教えてなかったね」

理香:「え?あっ、はい。なにかの頭文字、とかですか?」

鷲崎:「DDRは勉強したかい?」

理香:「えっと、少年兵の社会復帰プロセス、でしたっけ」

鷲崎:「そう。武装解除、動員解除、社会再統合。それぞれの英単語の頭文字をとってDDR。

鷲崎:Rはそこから。Iは自立。Independence(インディペンデンス)は、有名な映画のタイトルとかで聞いたこともあるだろ?

鷲崎:Pはplace(プレイス)。そのまんま場所って意味だ」

理香:「子供たちの社会復帰、自立のための場所、ってことですね」

鷲崎:「そしてR.I.P.(アールアイピー)、死者の冥福を祈るという意味もある」

理香:「死者って…」

鷲崎:「もちろん、救えなかった子供たちや、ここに来た子供たちの家族にむけて、だよ。

鷲崎:本当は彼らの両親だって、自分の子供が成長していくのを見守っていたかったはずなんだ。死にゆく彼らが、残していく子らを想う気持ちがどれだけ悲痛なものだったか…」

理香:「……」

鷲崎:「もちろん、そっちの意味は子供たちには伏せてある。これは、僕ら大人が肝に銘じておけばいい話だからね」

理香:「はい。――鷲崎さんは、助けられない子供たちのことまで考えてるんですね」

鷲崎:「少年兵だけでも数十万、貧困に喘(あえ)ぐ国民はもっと大勢いる。子供は未来そのものなのに、容易く消費されていく現実がここにはある。

鷲崎:今日もどこかで、命を落とす誰かが居るんだ。だから僕は、『今日もどこかで、笑っている誰かが居るんだ』と思いたくて、ここに居る」

理香:「今日も、どこかで――。私なんて、目の前の手が届く子さえ助けてあげられない」

鷲崎:「フーグァの件は、まぁ仕方ないよ。誰も悪くはないんだ。

鷲崎:世の中の悲劇すべてに、悪意が潜んでいるなんてことはない。善意から始まったことが、悲しい結果をもたらすことだってあるんだ。

鷲崎:それにね。フーグァも、本当は救われたがっているのかもしれない」

理香:「え?でも、彼は戦場に帰りたいって」

鷲崎:「確かに、彼は兵士として優秀で、そこで食いつないでいけるのは事実だろう。

鷲崎:フーグァには人殺しの才能があって、この国にはそれを求める需要もあって、彼にはそうして生きてきた実績がある。妹を守って来られたという事実がね。

鷲崎:おまけに彼にとって外国、海の向こうの世界なんてのは、僕らにとっては天国や地獄の話をするのと一緒なんだろう。

鷲崎:冥福を祈る、なんて話をしたけど、死後の世界なんてものは誰も知らない。

鷲崎:どれだけ天国が素晴らしいところか力説されても、そんなものが本当にあるのかなんて死んでみないと分からない

鷲崎:だから、そんなところで平和に生きていけるなんて言われても信じられない。これも、嘘じゃない」

理香:「そうなんでしょうね。だから、フリーデちゃんに妄想を吹き込むなって言われました」

鷲崎:「妄想か。そうだね、僕らの善意は、彼にとっては悪質な宗教勧誘みたいなものなのかもしれない。

鷲崎:でも、前も言ったとおり、彼は優しい子だよ。だから人を殺めてしまった罪を、ちゃんと心に抱えている」

理香:「本当は救われたいけど、過ちを犯した自分が幸せを望むのは間違ってるって、彼自身がそう思ってるってことですか」

鷲崎:「自覚があるのか無自覚なのかは、わからないけどね」

理香:「そんなのっ――悲しすぎます」

鷲崎:「そうだね。だから僕は、悲しくなくするために、彼らに寄り添っていてあげたい。

鷲崎:「彼らにはまだ、この先の未来がある。可能性という言葉は、良い意味も悪い意味も含む言葉だけど、彼らがいつか、それを前向きに口にできるように僕は彼らの手を握っていたい」

理香:「私も、そうできるでしょうか?私の気持ちは、彼に届くでしょうか?」

鷲崎:「届く、というより押し付けるの方が正しいのかもしれない。僕らが彼らに手を差し伸べるのは、エゴの押し売りなんだ。

鷲崎:あとは彼らが、その手を取ってくれるかどうか。助けてあげるんじゃなくて、助けさせてもらってるんだよ、僕らは」

理香:「っ――私、なんだか自分が急に恥ずかしくなってきました」

鷲崎:「いいんだよ。言ったろ?若者の特権だって。僕ら年寄りの言葉が、その踏み台になってくれるなら、こんなに嬉しいことはないよ」

理香:「踏み台だなんてそんなっ!鷲崎さんの言葉、すごく胸に響きました。私、忘れません!」

鷲崎:ありがとう。ただ、フーグァについてはすぐに言葉をかけるべきか、時間を置くべきか、僕にも正解は分からない。

鷲崎:君自身が、後悔のないように選んでくれ」

理香:「選ぶ――」

 理香モノローグ

理香:フーグァとの接し方。私は、どうすべきだろうか。私は―

理香:「拒まれるかもしれないけど、一言だけ、声をかけに行きたいです」

鷲崎:「なんて?」

理香:「……わかりません。でも、目を逸らしたくなるような現実を、それでもちゃんと見据えていたいんです。

理香:綺麗な言葉じゃなくても、私が伝えたいと思う言葉を、探してみようと思います」

鷲崎:「そうかい。あとはやっておくから。頑張ってね、立花さん」

理香:「はい。ありがとうございます。おやすみなさい」

鷲崎:「うん。おやすみ」

 深夜・フーグァの部屋の前

 立ち尽くして、言葉を探すうちに時間が経ってしまっている理香

 理香モノローグ

理香:どんな言葉なら、届くだろうか。どう話せば、伝わるだろうか。

理香:考えるばかりで、扉の前に立ち尽くして、どれくらいたっただろう。

理香:正解はないのに、答えを探そうとしている。まるで無駄な気もしてくるし、鷲崎さんのような経験も知識も無い私なんかじゃ、良い結果なんて引き寄せられないかもしれない。

理香:自分の起こす行動が、状況をもっと悪くするかもしれない。明日は今日より、悪くなるかもしれない。

理香:でも、それでも――

 意を決してドアを叩く

理香:「フーグァ、フリーデ、まだ起きてる?」

フリーデ:「っ!リカ先生?」

 ドアは開かず、扉越しの会話

理香:「ごめんね。私のせいで、大変な事に」

フリーデ:「大丈夫。兄さんも、だいぶ落ち着いてきたわ。でも、今は―」

理香:「分かってる。ごめんなさいと、あと、少しだけ」

フリーデ:「?」

理香:「私は、まだあなた達に届くだけの言葉を見つけられないでいる。でも、それを探すことを諦めないから、もう少しだけ時間をください。

理香:フーグァ、あなたがどんなに拒んでも、私はいつかそれを見つけて、あなたに送る。だから今日は――」

 遠くで爆発音

理香:「!なに?この音――遠くで、森が、燃えてる?」

フーグァ:「うっ、うああああああああああああああああああああああああああ」

フリーデ:「兄さん!兄さんっ!」

理香:「フーグァ?フリーデ?どうしたの?いったい―きゃっ!」

 急に扉が激しく開き、尻もちを着く理香。飛び出すフーグァ。

フリーデ:「待って!兄さん!!」

理香:「フリーデ!フーグァは――」

フリーデ:「――さっきのは、たぶん爆発。今まで何度も聞いてきた、人が焼けて爆ぜる音」

理香:「っ!じゃあ、フーグァは?」

フリーデ:「クラッカーなんかじゃない、本物の戦争の音。兄さんはきっと、また――」

理香:「くっ――行かなきゃ」

フリーデ:「私も!」

理香:「ダメよ!きっと鷲崎先生がみんなの避難誘導を始める。フリーデも一緒に――」

フリーデ:「いやっ!今離れたら、きっともう会えない!」

理香:「フリーデ……」

フリーデ:「だって兄さんは、戦争に囚われてる。他人の命を奪い続けて――ちゃんとそこに生きているのに段々居なくなるみたいで――お願い先生。私と兄さんを、離れ離れにしないで。

フリーデ:生きていくのも――たとえ死んでしまうとしても、私は兄さんと一緒が良い。私が今私で居られるのは、兄さんのおかげ。

フリーデ:兄さんが他人を、自分自身さえも傷つけてきたから、私は夢を見ていられる。でも自分だけ夢を見てたって、大事な家族が一緒じゃなきゃ、生きていくのは、苦しいよ……」

理香:「――分かった。行こう」

フリーデ:「リカ、先生」

理香:「でも、約束して。この手を離さないって。絶対死なせない。フリーデも、フーグァも、必ず生きて帰る。いい?」

理香:「――うん!」

 フーグァを追って走りだす二人。

 間

 闇夜を照らす戦火と耳朶を震わす破裂音を頼りに、戦場へと駆ける理香とフリーデ

 1~2キロ程度走っており、その間に雨が降り始める

理香:「はっ、はっ、はっ、はっ――大丈夫?フリーデ」

フリーデ:「うん。大丈夫」

理香:「だいぶ近づいてきた。絶対離れないで」

フリーデ:「うん」

 鬱蒼とした森林地帯中心部の木々が燃えているのが見て取れる

 その森の入り口、まだ火の手が回ってきていない場所で子供の足跡を見つける理香

理香:「っ!子供の、足跡。はぁ、はぁ。っ!!」

 意を決して、森の中へ入る理香。足場も悪く、走ることは出来ない。

理香:「どこ?どこなのフーグァ。っ!」

 少し進むと、銃声と怒号が聞こえてくる

フーグァ:「どこだっ!敵は!どこだぁあぁぁぁああぁ」

 燃え盛る木々の中で発狂するフーグァ。周囲には戦闘していた両軍の兵士の死体

理香:「フーグァ!よかった無事で―」

フーグァ:「っっ!」

 理香に向けて発砲。近くの樹木に着弾。慌てて木の幹の裏に身を隠す二人。

理香:「きゃっ!フーグァ!私よ!分からないの!?」

フリーデ:「兄さん!こんなところにいないで、帰ろう?」

フーグァ:「近づく、やつは、みんなっ敵だっ!俺からっ家族を!奪うなァ!!」

理香:「フーグァ!落ち着いて!みんなのところに、キャンプに帰ろう!

フリーデ:「兄さん……あんなに苦しそうに……っ!!」

 兄を止めるため、木の陰から躍り出るフリーデ

理香:「あっ!フリーデ待って!でちゃダメっ!!」

フーグァ:「っ!!!!」

フリーデ:「兄さ」

 密林に木霊する銃声

理香:「くっ!――っつぁ――」

フーグァ:「なんで――」

 フリーデを追って木の陰から飛び出し、庇うように身を滑らせた理香の左腕(肩とひじの間)にフーグァの撃った弾丸が命中。

 引き金を引いた瞬間に自分が妹を撃とうとしたことに気づいたフーグァは我に返りよろよろと歩み寄ってくる。

フリーデ:「せん、せい?――リカ先生。リカ先生!」

理香:「大丈夫。大丈夫だから。っ――」

フーグァ:「どう、して」

理香:「決めた、から。この手を離さないって。フリーデの手も、フーグァの手も。

理香:私は結局ちっぽけなただの人間で、漫画の中のヒーローみたいに皆を助けたりはできない。

理香:でも、私にはちゃんとふたつ手があって、君たちの手を握ることは出来る。

理香:何度振り払われても、私がそうしたいって、決めたから」

 右手でフリーデを抱えたまま、血が伝う左の掌をフーグァに差し出す。祈る様に、ゆっくりと。

理香:「だから、お願い」

フーグァ:「っ!」

 フーグァの記憶が刺激される。血の赤、炎の赤、そしてチューリップの赤とその花言葉。

フーグァ:「でも、俺は――たくさん人を殺してきた。今だって、金で雇われてるだけの傭兵を、みんな――

フーグァ:俺たちに恨みがあったわけじゃない。俺も、この人たちを憎んでたわけじゃない。この人たちにも、家族が――もしかしたら、帰りを待つ、妹だって――うっ」

理香:「そうだね。現実にはこんなに哀しい事が溢れてる。それでも、君たちにはまだこれから先の長い未来がある。

理香:いつだって遅すぎることはないの。気づけたなら、そこから変わろうとすることは出来る」

フーグァ:「気づくって何に」

理香:「君の幸せを願ってる人が居るってこと」

フーグァ:「いいの、か?俺は、こんなにも、血に塗れてるのに」

理香:「いいとか悪いとかじゃない。私が、そうしてほしいと思ってるだけ」

フリーデ:「私もよ兄さん。綺麗事なんかじゃなくて、これは私のわがまま。どうしようもないくらい自分勝手な、たった一つの願い事」

理香:「だから、もしフーグァがこの手を取ってくれるなら、約束してほしい。君が流す血は、これで最後にするって」

フーグァ:「―――わかった。頑固な先生と、わがままな妹を、信じてみるよ。俺も、出来るか分からないけど、この約束が守れるんだって信じてもらえるように――」

 自分が撃った傷口から流れる血で汚れた理香の手を取ろうと手を伸ばすフーグァ。

 その瞬間、理香の肩越しに、十メートル向こう側に殺したはずの兵士が震える手で銃口をこちらに向けているのを見て叫ぶ。

フーグァ:「っ!危ない!生き残りがまだ――」

理香:「ダメ!撃っちゃ―」

 銃声。

 銃をこちらに向けた兵士に向け発砲するフーグァと、それを横から邪魔する理香

 兵士は力尽きたように構えた銃ごと地に伏せた

フリーデ:「先生!兄さん!」

理香:「私は大丈夫。フーグァは?」

フーグァ:「―そんな顔をするな。俺が撃った弾は当たらなかった。あの兵士も力尽きたみたいだ」

理香:「最後の力で引き金を引いた、のかな。意識を失ったみたい。急いでここを離れよう。さあ、手を握って、離れないで」

フリーデ:「――うん」

 理香の手を取ることを躊躇するフーグァ

フーグァ:「…………」

理香:「フーグァ?」

フーグァ:「俺は、やっぱりだめかもしれない。今だって、こっちに銃を向けた死にぞこないが目に入った途端に、迷わず撃ってた。フリーデが撃たれるかもって思ったら、身体が勝手に引き金を引いてた。だから、あんたの信じてるようにはなれな―」

理香:「なれないかもしれない」

フーグァ:「っ!?」

理香:「でも、なれるかもしれない。若さは可能性で、未来は不確定で、だからこそ、自分の信じたいように信じて、後悔しないようにしたい。

理香:さっきは約束してって言ったけど、フーグァがもし、戦争の傷跡から逃れられなかったとしても、私はこの手を離さない」

フーグァ:「―――っ」

 理香、フーグァの拳銃を握る指を、ゆっくりと解き、銃は地面に落ちる。そのまま、茫然と立ち尽くすフーグァを、膝立ちの理香が優しく抱きしめる。

理香:「だからね、もういいの。もう、いいんだよ」

 数秒、親が死んで以来感じることのなかった温もりに包まれるフーグァ。ゆっくりと離れる理香。

理香:「ここもまだ危ないね。さ、行こう。」

フーグァ:「―――うん」

 理香の手を取り、歩き出すフーグァ。

理香:「はっ―はっ―」(走る息遣い

フリーデ:「はっ―はっ―」(走る息遣い)

フーグァ:「はっ―はっ―」(走る息遣い)

 理香は二人の手を取り、三人は小走りで動きだす。雨脚は徐々に弱まり、木々を這う火焔も次第に鎮火していった。

 少し離れた場所の夜闇の木陰から、硝煙が昇る。

 込み上げる吐き気を抑えきれず、嘔吐しながら独り言ちる鷲崎。

鷲崎:「ぅ―――おぇっ――――そう、それで、いい。君たちが血を、流すのは、もう、たくさんだ」

 理香たちに銃を向けていた兵士を撃ち殺したボルトアクションライフルから、空薬莢を排莢する。

鷲崎:「見て見ぬふりはできない。汚穢(おわい)に塗(まみ)れるのは、僕たちだけでいい」

 理香モノローグ

理香:キャンプに戻った私たちは、一人残ってくれていた鷲崎さんと合流し、みんなの後を追うように避難所へ向かった。

理香:私の傷も手当てしてもらって、大事には至らなかった。しっかり傷跡は残ってしまったけど、フーグァはちゃんと、ごめんとありがとうをくれた。

理香:二日後には無事にキャンプに戻って、日常に戻れた。

理香:フーグァはぎこちなくもしっかりと歩み寄ってくれて、私も両手に掬った水を零さず歩くように、慎重に言葉を交わした。

理香:そうして、いつ戦火に巻き込まれてもおかしくないこの大地で、少しずつ少しずつ、互いを知って、成長し、そして―――

 8年後

鷲崎:「立花先生、おはよう」

理香:「鷲崎さん、おはようございます」

鷲崎:「今日もいい天気だね。子供たちには、外で新しい花壇の世話でもお願いしようか」

理香:「そうですね。花は荒んだ心も癒してくれますし、子供たちにもいい影響を与えてくれますから」

鷲崎:「心の傷はそう簡単には直らないけど、それでも花はそのきっかけになってくれるかもしれないからね」

理香:「どんな傷だって、いつかは治ると信じてますから」

鷲崎:「――その左腕の傷跡も、綺麗に治るといいんだけど。

鷲崎:……もう8年か」

理香:「この傷跡は、確かにひどいですけど、そんなに嫌いじゃないんです。8年前に、あの子たちを守れた証だから」

鷲崎:「そのおかげで、あの兄妹は夢に向かってこのキャンプから巣立って行くことが出来た。二人が旅立って、もう5年は経つかな。

鷲崎:立花先生もあれから立派になって。僕も歳だし、近いうちに実質引退かな」

理香:「何言ってるんですかもう。あ、でも、新しい先生が来るのって今日でしたっけ」

鷲崎:「若い男性の先生だよ。男手は大歓迎だし、立花先生もきっと気に入ると思うよ」

理香:「え?それはまた、なんでですか?」

鷲崎:「会えばわかるよ。そろそろ来る頃だから、玄関先まで出迎えに行ってもらえるかな」

理香:「はい」

 理香モノローグ

理香:待ってる間、玄関脇の花壇に水をあげる。

理香:私がこのキャンプに始めてきたあの日も、こうしてフリーデが水を上げてたっけ。

理香:色とりどりのチューリップ。乾いた空気に揺れる、柔らかな香り。

理香:二人は元気にやっているだろうか。私は、これからも彼らのように、一つでも多くの掌を握っていられるだろうか。

理香:出来れば、これからもそうして、そして離れていった手のひらが、また誰かの手を握ってくれれば、これほど嬉しいことはない。

理香:鷲崎さんの言葉が、思い起こされる。『今日もどこかで、笑っている誰かが居るんだ』。今の私は、そう信じていられる。

フーグァ:「こんにちは」

理香:「あっこんにちは!あなたが今日か、ら――」

フーグァ:「はい。今日から『また』ここでお世話になります。『理香先生』」

理香:「ぁ……っ――――おかえりなさい!」

 理香モノローグ

理香:彼が抱えている赤いチューリップの花束が揺れる。今日もどこかで、笑っている誰かが居る。今日も、どこかで。

 終劇

************************************

 参考設定

 前読みでここまで目を通していただいた方、ありがとうございます。

 興味ない方は以下読まなくて結構です。バッドエンド版の設定資料を加筆修正しています。

 

 鷲崎の過去

 元テロリスト。人を救いたいという想いは昔から変わらぬものの、当時は過激派で圧制を強いる体制を暴力的な手段で正そうとしていた。

 銃の扱いはそのころに習得。そんな中、違うやり方で未来を創る女性に出会う。同じ思いと異なる方法。しかし、その女性のやり方が、自分たちよりももっと先の、100年後の未来を見ている事を悟り、生き方を変えることを決心した。

 そうして、かつて自分をこの道に導いた師匠的存在を、その数年後に紛争で失っています。理香と同じように子供を助けようとして戦場に赴き、子供の身代わりになって命を落としています。

 鷲崎の未来や子供を想うセリフの根底にあるのはこの師匠からの教えだったりします。

 子供たちの未来のために、手を汚すのは自分だけで構わない。

 どんなに白々しいと自分で思っても、その言葉と思いに嘘がないのなら、受け取る若者達の未来を照らす灯になるはずだと信じて。

 ボルトアクションライフルは普段はキャンプの自室に隠し持っているもので、いざという時や狩猟時などに使用するもの。テロリスト時代も同様の銃で狙撃を得意としていた。

 フーグァはそのことを今回の件でうっすらと気づきます。自分が最後に撃った弾は確かに外れたが、同時に発砲した何者かの銃弾が死にぞこないの兵士の脳髄を撃ち抜いたのを彼は見逃していません。

 かつて自分の意志で人を殺していた自分と、世界や時代のせいで人を殺さざるを得なかったフーグァ。だから彼が社会復帰出来ないはずはないんだ(そんな世界を認めたくはない)と強く信じてはいるものの、かつての師匠のように自分が出来るのか自信を持ち切れずにいた。

 テロリストである過去も相まって、理香ほどフーグァに積極的になれないまま、今日に至ります。

 デッドエンド版の時には必要なかったのでテロリスト周りの設定は省略したのですが、後付けというわけではないです。名前の鷲=イーグルは銃の名前からきてまして(デザートイーグルやダブルイーグルなど)、狙撃兵だった過去を表してます。

 フーグァ離脱後の視点

 最終局面で起きた戦闘は政府が雇った民間軍事会社(PMC)と反政府組織との衝突。

 PMCに対して資金力がない反政府組織は真っ向勝負すると勝てないので地の利がある密林地帯でのゲリラ戦法にて夜中に奇襲を決行。

 PMC側は格下相手に被害を出す現状にしびれを切らし、反政府組織をあぶりだすために森を焼く作戦を決行。森から出たところを狙い撃ちという作戦。

 ただ、森を出て待ち伏せをしようとする前にフーグァの襲撃を受け十数名が死亡。視界の悪さと暗闇を利用しフーグァはPMCの兵士を奇襲。

 部屋にあった食事用のナイフでまず一人殺し、その装備(コンバットナイフと自動拳銃)を奪取して次を殺し、使った装備を棄てて新しい死体からまた装備を奪う、というのを繰り返します。

 火に炙られて逃げてきた反政府軍もその装備で一方的に皆殺し。合計で二十数名の死体の山と燃え盛る森の中でコンバットハイ(戦闘時の異常興奮)を併発し症状が悪化している。

 他人を認識する能力や理性がない一方で、視界に動くものが映れば瞬時に反応し引き金を引く反射力は向上している。

 これは子供であるフーグァが戦場を生き延びるために体得した生存戦略であり、そうしなければ自分が死んでいた、という生存のための適応です。

 その為フリーデを誤射。撃った後に、自分が何をしてしまったか気づく。

 飛び出した経緯については、理香のクラッカーのせいで精神が不安定になっており、目と耳に本物の戦争の情報が入ってきたので殺る気スイッチが入ったからです。

 眼前には護るべき妹、近づく争いの足音。彼は一刻も早く敵を根絶やしにせねば、という強迫観念に駆られ、部屋を飛び出します。

 理香のクラッカーがなければ、もう少し落ち着いていてこうはならなかったかもしれませんね。理香の善意が、彼を戦場へと駆り立ててしまったのです。

 現地について

 キャンプ周辺はぽつぽつ草木が生えているくらいの砂地、荒野です。西の市街地まで2~30キロくらい。

 荒廃した砂地ばかりが続くわけではなく、人跡未踏の鬱蒼とした密林や森林もあります。終盤の戦場は山側の森林地帯。

 アフリカーンス語でフリーデは平和、フーグァは守護、という意味です。ただ本来の発音は難しく作劇上不都合なのでそれっぽいカタカナ表記にしています。

 作者も「すまねぇ。アフリカーンス語はさっぱりなんだ」状態なので発音に関してはふんわりと。

 作中は教育面を主に描いていますが、物資運搬や井戸水の整備など、生活基盤向上に関する業務も行っています。

 南アフリカ(南ア)は多種多様な民族、言語が存在し、黒人として弾圧されたり他国の利権争いに巻き込まれたりで現在も争いが絶えない場所です。

 もともとその違いさえ曖昧な部族間で、戦争の時にあっち側に着いたから上下関係が出来て、軋轢が生まれ、戦争が終わっても当人たちの憎悪は土地に、人の心にへばりついて消えない。

 そんな悲しみが折り重なって歴史になってしまった地域です。

 キャンプについて

 キャンプRIPは難民の寄せ集めから始まった場所なので古くからの街というわけではないです。

 仮設住居も多く、施設に勉強をしに来る子供たちの中にはまだ家族が存命で、施設とは違う家で家族と暮らしている子供も何人かいます。

 フーグァの過去

 ナイフ捌きが天才的で、小柄な体格もあって初見の一般軍人はまず殺されるレベルの脅威。薬物依存の異常精神状態で見敵必殺、サーチ&デストロイを地で行く少年兵。

 錯乱状態時は味方の少年兵も殺していました。

 ナイフ戦の基本は「地を滑る様に動き舐めるように切りかかる」と教えられたので、皆さんが思うような喉とか心臓をブシャ!って感じではないです。

 物陰から急に表れて足元をすっと通り過ぎるように足の健を斬られて、気づいたらもう立てなくなってて太い血管もやられてて、反撃しようと思ったらもう物陰の向こう側。

 斬られた奴は止血が上手くいかないとほっとけばそのうち死ぬし、即死じゃないのでそれを助けるために敵の味方が動けば、その分敵兵の手を塞げる、という戦法です。

 銃の扱いもセンスが突出している。が、これに関しては撃ち合いになると装備や経験、人数の差が出るので眉間を狙って即死させる戦法。

 よって鷲崎のセリフにある様に終戦当時に「錯乱状態の彼を保護するために、特別に凄腕の兵士が用意され」ました。

 多分お下劣ワードをよく叫ぶ男性二人組なんですが、その辺は私の別台本で語る時が来たりこなかったり(Fuckin'days参照)。

 理香について

 少し慈愛精神が強いだけの一般的な日本人女性です。部屋についた時の「子供たちが喜ぶと思って無理して持ってきた荷物」の一つが例のクラッカーです。皮肉ですね。

 クライマックスで最初のフーグァの銃弾が当たらなかったのは現地人との骨格の差、軍人との姿勢の違い、森林地帯の樹木、雨が降り始めて少し経っていたことによる足元のぬかるみ具合など、細かい要素の積み重ねとラッキーです。

 鷲崎の言葉を聞いて『なんだか恥ずかしくなってきた』のは、冒頭キャンプに入った時のセリフを思い出しながら言ってます。自分なりの覚悟は確かにあったけど、戦場なんて言葉を使うのは烏滸がましいことだったと恥じています。

 実際の戦場をみて、死んでいく命と殺戮に狂う少年を見て、現実を知った理香。それでも、綺麗な言葉を胸を張って言えるのか、というヒッチハイクのおじさんの言葉がどこかに残っていた彼女は、手を離さないことを選んだのです。

 バッドエンド版のラストの鷲崎のセリフが特徴的で分かりやすいと思いますが、綺麗事は心に響かないんですよね。ともすればこの台本もなんだか説教臭いな、と思われているかもしれません。

 実はそれが狙いで、鷲崎もフリーデも、実は平和と散々口にしていますが信じ切れていないので、空虚に聞こえると思います。鷲崎も結局はテロを行った過去があるので、自分の言葉が白々しいことを自覚している。フリーデも、フーグァが言ったように平和なんて知らないので信じ切れてはいません。

 それでも、鷲崎はいつかそれを心のそこから胸を張って言っている若者たちの時代が来てほしいと本気で願っていますし、フリーデも兄とそんな風に暮らせる世界があるならと縋るような思いで居ます。

 そんな風に願われて、理香は『綺麗な言葉を胸を張って言う若者』として、本当の意味で純真無垢に平和を信じられるからこそ、フーグァの手を取ることが出来たのです。

 フリーデは名前の由来のとおり、平和という親の願いを体現する子供です。

 お花屋さんかお医者さんを夢見ていますが、何をするにもまずは兄と一緒に平和に暮らすことが最優先なのでその辺に強いこだわりはないです。

 優しかった兄が自分の為に血で手を汚してしまったことをとても悔いています。

 両親が殺された、住んでいた村が襲撃にあった日は母親の死体の下に隠れて襲撃者たちをやり過ごしており、冷たくなっていく母親の最期の言葉は「兄さんと、どうか無事に。仲良く暮らしてね」

 フーグァもフリーデも、結果として亡くなった親の願いであり祈りである名前の意味を忠実に守って生きています。

 フーグァの場合、その願いが呪いじみてしまったけれど、そこに差し伸べた手が届くか、間に合うかどうかがエンディングの分かれ道です。(この台本はハッピーエンド版で、別にバッドエンド版があります)

 OuterHeavenにおける8年の経過

 フリーデとフーグァは猛勉強の後、アメリカへ。フリーデは外科医。フーグァは理香と同じ道を行くために人生を進みます。

 キャンプ出発当時は二人ともそこまで意志を固めていなかったので、理香たちはこのことを知りません。

 勉学と仕事を両立し、奨学金を利用しつつ鷲崎らの伝手から得た後ろ盾でなんとか毎日を送る二人。決して楽な道のりではないけれど、歩くことを諦めなければいつか天国に手が届くと信じ、懸命に日々を送ります。

 フーグァは鷲崎にコンタクトを取った時、理香には伏せておくように依頼しています。サプライズにしたかったんですね。

 そうして生きた彼らの8年は、常に理香との約束と共にありました。

 作者あとがき

 バッドエンド版(InnerHell)執筆時には、既にこのハピエン版の構想はありました。特に、両バージョンを見比べていただければわかりますが、最後の理香のセリフは決まってました。

 この話は需要もあまりなくて、ついてきてくれる演者もそういませんし、優先度が低かったので投稿までが間が開いてしまいましたすみません。まぁ需要なんて知ったことではないんですけどね。需要が私についてこい。

 声劇台本に限らず、殺し屋がカッコよく描かれる作品は枚挙に暇がありません。私自身もクールな暗殺者やスパイのスリリングな話は好きです。

 でもなんというか、簡単に人が死ぬ話ばかりではつまらんなと思い重めの話を書き始めた気がします。人を殺す話はたくさんあれど、引き金一つの重みを感じていただければなと。

 私も現地の惨状をこの目で見たわけではありませんが、InnerHell版のフリーデやフーグァのような、唐突で、無残で、ドラマチックな情景なんて何もないまま吹けばとぶ綿毛のように命が消費される地獄はきっと現実にあるんだと思います。

 なんか焦げ臭いなと思ったら山のように積まれた炭化した焼死体があったり、子供たちを鉱山で奴隷のようにこき使ったり、他国の代理戦争の道具として使い潰され薬漬けにされたり。

 南アは多民間の紛争や他国の代理戦争で疲弊し、アパルトヘイトの影響で有色人種は虐げられ、この地表に数多ある地獄の一つです。

 地獄は死後の世界にあるのではない。ならそれは天国も同様のはずで、地獄の最奥(InnerHell)も天国の外側(OuterHeaven)も、同じ場所なのです。

 何と巡り合い、どう生き、何を見て、誰の手を取るのか。同じところに立っていても、その人にとってその風景がどう映るのか。天国と地獄の分水嶺は、そこにあるのではないでしょうか。

 老人から若者へ、先生から生徒へ、そして受け取った未来ある命が、それをまた次世代に繋いでいく。

 正しさや善悪という確かそうで不確かな基準ではなく、自分の信じるある種の欲やエゴを願いと呼んで、祈るよう手のひらを繋ぎ、バトンを渡す。

 私たちが死者を悼む(R.I.P.)ように、死者が最後に生者に残す祈りもあるのではないでしょうか。

 これは、天国の外側の、そんな1ページを綴った物語。

 ここから先の白紙のページをどう綴るか、あるいはこの物語をどう演じどう伝えるのか、声劇というフィールドでどこまで出来るのか、僭越ながら楽しみにさせていただきます。

 刹羅木劃人

刹羅木劃人の星見棚

一つの本は一つの世界、一つの星。

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