『終焉のハーモニー』補足&外伝短編『終焉のディソナンス』

本作は、『巨大隕石の衝突により地球滅亡が30分後に迫った世界で、浜辺で2人の女性が世界最後のはじめましてを交わす』お話です。作品はこちら↓

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従来は、台本の後書きに世界観設定を書いてきた私でしたが、今回は一切書かなかったので、まずはそこから。ここに至るまでの世界について、お示しいたします。

この作中から2年前、世界の各先進国の主要機関が、地球の17分の1の大きさの隕石が地球に落下する計算が『確定』したことを認識する。隕石自体の発見はもっと前で、高い確度で落ちるとされていたが、それが確定し、その対策のために必要なあらゆる事が本格的にスタートしたのがそのタイミング。そこから各国は隕石対策を含めた外交を開始する。つまり、『これから地球のあらゆるところで全力で核兵器開発をしても間に合うか微妙だが、正直に核兵器を使い切ってしまったら、核兵器を温存した仮想敵国に支配されてしまう』という状況の中で、難しい対応を迫られることになった。

この辺、小難しい話に見えますが、今のロシア・ウクライナやイスラエルのように、残念ながらこの星の霊長たる人類は、人を殺し、領土を拡大する戦争・主義主張のために他民族を排斥する戦争を現在進行形で続けていることを見ればご理解いただけますでしょうか。

みんなで一緒に地球の危機を乗り越えた瞬間に、疲れ切った国は余力のある国に侵略されることを考えておかなきゃいけない、ということです。


隕石落下が確定する前から、各国はこの事実を世間には秘匿していた。この切迫した局面で、治安の悪化による対応力の低下を避けるためだ。そうして、世界各国で秘密裏に、人類の存亡をかけた核兵器開発が始まる。日本でさえ、原子力発電所から排出された核廃棄物や停止していた原子力発電所からさえも原料を集め、宇宙開発関係各所と連携し、核ミサイルを製造した。そして、世界中で対隕石の兵器開発と外交が進む中、アメリカは事前に宇宙に打ち上げたミサイルを『宇宙で発射』することで、かなり早い段階から隕石削減を実行するものの、精度の低さもあり、難航。その他の対策も功を奏することなく、隕石落下まで2ヶ月の段階で、人類絶滅が濃厚になった。その頃には既に、世間には濃厚な噂として広まっており、もはや政府などの公的機関が正式な発表をしていないだけで周知の事実となっていた隕石落下。衝突まで49日を切った日、各国政府は遂に、正式に隕石の落下と絶望的な現状を公表した。まだ抵抗を続けるとする声明に、縋る人、自暴自棄になって凶行に走る人、ピンと来なくていつも通りの日常を送る人、様々な日常が送られる中、日本政府は7日前にもはや抵抗による生存の確率はほぼ無いということを国民に正直に発表した。これがネット上で通称『絶滅宣言』と呼ばれるようになる。その時でさえ『ピンと来なくていつも通りの日常を送る』人が大半だった日本だが、隕石が肉眼で見えるようになるにつれて治安は悪化。社会は崩壊し、軛は解かれ、自由と混沌が不協和音を奏でる、正しく世界の終わりが訪れた。

ここまでが、あの30分サシ劇の会話に至る『世界』の設定です。

小難しい話ですが、ここは世界の前提条件ですので、わかってるほうが読んだり演じたりするのが楽しくなると思います。

絶滅宣言については『1週間前の宣言からです』というセリフのとこに関わる部分ですね。

さて、では登場人物にフォーカスします。

皇ケイについては、『終焉のディソナンス』※にて触れたとおりです。

(※外伝的作品、本ページ末尾にも掲載します)

あらゆる芸能的才能に恵まれたマルチタレント。女優、歌手の二本柱を主に、他にも多彩なフィールドで活躍する正真正銘の天才。数多の人間を虜にしながら、たった1人の男の愛に満たされ、その才能の全てを発揮するステージから去った女。

少女については本編での独白がメインです。

演じる上での心の動きを雑に説明すると、少女は開幕からずっとかなり不機嫌で、ケイに対して本気でイライラしてます。

ケイの方は、本当は情けなく大声で泣き叫びたいほどなのを、持ち前の女優としての演技力でなんでもない振りをしているのです。自分を騙すために、飄々としてる演技をしている。『観客』がいれば、自分は『女優』になって、自分を騙せる。

ただ、ケイは少女の話を聞いて、思い出してしまう。何かに執着して、諦めきれないという強い感情を。全てを手放してまで愛したいと思った、優先順位ナンバーワンの男がいたことを。そこでケイの天才的な『演じる』という行為に綻びが生じる。奥底から駆け上がってくる情動が滲み出てしまう。それを、少女は感じ取ってしまった。噛み合ってしまった。不協和音だらけの世界で、ハーモニーが生まれる瞬間。諦めきれない未練(ねつ)に浮かされた者同士の、どうしようもない慟哭が重なる時。

諦めるしかないから自分を騙したかったのに、自分が忘れようとした強烈な恋を燃やす少女を羨望するケイ。

もし本が出て、誰かの心に残ったら。

それが売れて、映画になっちゃったりして、もし有名な女優が私のセリフを読んだりしたら。

そんな、起こりえなかった夢を叶えてくれたケイを、恋を乗り越えて愛を育んだのであろう大人の女を尊敬する少女

無いものを、失ったものを、望むものを。

お互いの中に尊いものを見出した2人が交わす声音は、波音の伴奏に引き立てられた、美しいハーモニーになる。

イラつく無遠慮な大人 / 自分を騙すための観客

相手のことをそんな風にしか思っていなかった、そんなはじめましてから30分、世界最後に互いが贈る『はじめまして』は、まるで恋文のように。

その未練という名の熱をもったラブレターは綴り切られることはなく、星が見る夢は、終焉を迎える。

最後に、少女は名前を口にします。名を名乗るというのは、相手への当然の敬意の表れです。ただ、その音を紡ぐ前に、隕石が直撃した轟音が全てを包んでしまったのです。ここ、解釈は読む人次第でいいんですが、作者的には『はっきり名乗ったけど間に合わなかった』という場面です。ビジュアルにすると名前を口パクしてるのは見えるけどその瞬間には閃光と轟音と高熱に包まれてまさに蒸発し始めているところ、という感じでした。

この作品はタイトルからして『終わり』をテーマにしているのはお察しいただけるものと思います。世界が滅亡したその瞬間に台本も終わる。終演にして終焉、というのは書いてる時から考えてましたが、その後に後書きを載せたくなかった。だってその世界はもうその瞬間に終わっていて、後なんてないからです。世界観設定の話を引き継ぎますが、最終的に隕石は直径17kmまで小さくなって落ちてきます。だいぶ小さくなってますが、それでもこれは恐竜が絶滅した原因とされる隕石よりも大きいくらいです。地表は人間の生存環境からは大きく変化し、もう後に残るのは塵芥だけ。

いつまでも未来があると思っていた。

それが突然なくなって、何もかもが跡形もなくなるとして。

それでも、残された最後のわずかな時間に、心のままに絶滅に抗うことは、何かを残そうとすることは、無意味だろうか?

『終わり』を語ることは、『終わりの後に続くもの』を語ることでもあると思うのです。だって、人も、歴史も、終わり続けてきたから。いつか人の歴史が終わっても、地表には違う何かが霊長として君臨するでしょう。そうして星は、天体としての寿命が尽きるその日まで、地表の夢を見続けている。いつか星が崩れ去っても、宇宙の塵は、いつか聞いたハーモニーを覚えているかもしれない。そんな、『そうだったらいいな』『最後までそうありたいな』という感情が結実したのが、『終焉のハーモニー』でした。

本当に折り悪く、現実の世界は正真正銘の戦争を始めてしまって、かの国が核兵器を持ち出す可能性も有り得る頃に、この作品を投稿しました。遊んでいただいた演者さんには『預言者か』と言われたりもしましたが、『いつ訪れるかわからないけど、いつ訪れてもおかしくないのが終焉』という話を書いたら、それに近しい現実が訪れてしまったというだけの話なのです。


人は生きている限り、いつだって不意に出会い、唐突に別れます。

別に、だから親孝行しろとか、そんなことが言いたい訳じゃないんです。刻んで、刻まれて、そうして生きていくのが人で、その集積した熱量がこの星の歴史なのだと思います。

終わりが見えても、諦めないでいたい。今更なんて思わず、残された『そのちょっと』を大切にしたい。『いつだってテイク2を始めることもできる』のだから、心に素直に、優先順位を見据えて、最期を迎えたい。

どうせ、全てをやりきって満足して終われることなんてないのだから、未練という名の熱に浮かされるのも悪くない。

それが、たまたま最後に出会った人と、美しいハーモニーとして残るなら、自分の輪郭が溶ける時でさえ、少し笑っていられるかもしれないから。



『終焉のディソナンス』

*****サイドストーリーです。気になる人だけ目を通していただければ。*****

「ふ、ふぁぁぁぁあああああああああ!!」

我ながら、みっともなく上擦った叫び声だった。

勢いよく駆けていき、夜道を歩く男の背に迫った。

男は俺に気づいて振り返るが、身を翻す間はなかった。

男の腹部に、包丁を突き立てる。走った勢いに体重を乗せて、深々と。

本当に気持ち悪かった。刺した瞬間に、相手が吐血するよりも早く自分が嘔吐しそうだった。

刃を伝い、柄を持つ自分の手に、男の血液が絡まってくる。

命が、滴っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「うっ」

「お前がっ!お前が悪いんだっ!皇ケイという才能を終わらせた大罪を犯したお前が!!」

吐き気を押しやる様に、食道から逆流するものを押し付けるために無理に気道を開く。叫ぶ。吐瀉物の代わりに怨念をぶちまける。

「うぐっ」

包丁から手を放す。刺された男は、鮮血が滲むシャツではなくて、地面に落とした自分の荷物を見ていた。中身は、恐らく洋菓子店で買ったのであろうホールケーキ。

「あーあ、崩れちゃったかな。せっかく、綺麗な奴、選んだのに」

「お前、何をいって――っ!?」

男は、膝を折ることもなく、一歩踏み込んで俺の両肩を掴んだ。あり得ないほど強い握力だったように感じるが、俺は竦んで、僅かほどの力も籠められなかった。

だから、肩を掴んだその力が子供ほどのものであっても、俺は逃げられなかっただろう。

何よりも強かったのは、踏みだされた一歩でも、掌の握力でもなく、至近距離で俺をのぞき込んだ、その目だった。

「いいか、良く聞け。頼みがある」

「―――は?」

たった今、自分が腹部を刺した男が、俺を真っすぐに見据えて頼みごとをしている。訳が分からなかった。ただひたすら、狂気を浴びせられた。

武道家が数十年の異常な鍛錬を経て会得するような気迫が、たった今俺によって死にそうになっている男から暴風のように吹き荒れていた。

「お前が、彼女を幸せにしろ」

「な、にを」

「俺はもうじき死ぬ。だから、頼む、俺の代わりに、お前の人生の全てを費やして、彼女を幸せにしろ」

「っ―――」

「いいか。これは、お前の責務だ。逃げるな。必ず彼女を、世界で一番、幸福な終わりに連れていけ。

彼女の人生が終わる時に、この選択の結末が、彼女という人間が持ち得たあらゆる可能性の中で最も輝きに満ちたものだったと思わせろ。いいか、絶対、に、ごほっ」

盛大な咳に、血液が混じっていた。男は力を失い、遂に掌は俺の肩から離れ、膝を屈し、アスファルトの上の血だまりに沈んだ。

「う、うぁ、ぁぁぁあ、ふぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」

走った。顔面をぐちょぐちょにしながら走った。

悟ってしまったから。あの男が、自分と同じところに居て、そこからどれほどの覚悟で歩み始めたのかを。

理解してしまったから。自分が、あの男と同じものを背負っては、一歩も動けないことを。

走った。走った。走った。でも、どこまで行っても逃げられなかった。もうこの世に生きている限り、どこにも逃げ場はなかった。

あの男の頼みごとが、呪いとなって纏わりついた。手のひらを何度洗っても落ちない血のように。

贖罪や後悔さえ浮かばない。ただひたすら、逃げたいと思うことしか出来なかった。

だから、飛び出した。情けなく、みっともなく、勢いに任せて歩道から跳んだ。

衝撃、浮遊感、衝撃。路面を転がり、四肢の感覚がなくなって、最後に見えたのは、薄暗い夜空。その最奥の、一等星の輝き。

「あぁ、やっぱり君は、綺麗だ」


灯が消える時、彼女が傍にいた気がした。

あぁ、君の手で俺の蝋燭の揺らめきが消えるなら、それはどんなに、望ましい終焉だろうか。


*****終幕*****

■人物紹介

■皇ケイ

『終焉のハーモニー』登場人物

十代後半から女優業で頭角を現し、一躍大人気女優となった1000年に1度の逸材。

演技はもちろん、トーク、歌唱、人格に至るまで、あらゆるタレント業をマルチにこなすまさに超新星だった。

二十代前半、未だ衰えず、魅力は増すばかり。特にラブストーリー物のドラマや映画に引っ張りだこ。

しかし、突然の芸能界引退。理由は、一ファンに過ぎなかった一般男性との交際。

発覚したから、ではなく、結婚を前提にお付き合いするので、芸能界辞めます、という潔白なもの。

相手の男性の詳細以外は、全てを正直に公開し、多くのファンや関係者に惜しまれながらの引退だった。

「コンサートの観客席は、まるで星空だった。でも一等星は私。私を見に来てくれた皆のためにも、私はそこで一番輝いていないといけない。でも、サイリウムの海に一つだけ、見えた気がしたの。私だけの一番星が」


■ケイのパートナー

人生の全てをケイを幸せにすることにのみ捧げると誓った男。周囲から見ればドン引きレベルの命の使い方をしていた。「好きな相手にそこまでする?」という引かれ方。

ただ、彼は誰よりも彼女に魅せられたファンの一人だった。六等星の自分が一等星の輝きに並び立つならば、持てる全てを懸けても足りないと思っていた。己を磨き、彼女を尊んだ。

それは、「ハーモニー」で語られた、「呪いのような、恋のような、強くて美しい愛」だった。

「彼女を、世界で一番幸せにしたいと、心から思った。その瞬間に、俺の命の使い道は決まった」


■狂信的なファン

本作主人公

皇ケイという眩しすぎる才能に魅せられた一人。心酔し、狂信し、故に異性との交際をきっかけとした引退が許せなかった。

何よりも、同じファンの一人でありながら、その一等星と並び立った六等星に、嫉妬した。あらゆる負の劣情(性的な意味ではない)を抱いた。

そして、かけられた呪いの重さに耐えきれず、終わりを迎えた。

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