Fly me to the moon【1:1 20分 相思離別台本】


ラストに登場する瑞希は真理役の女性が兼ね役


余命宣告を受けた妻・真理を、自宅で介護する夫・新司。

瞬きした後に訪れるかもしれない離別から必死に目をそらすように笑みを交わす日常。

薄氷の上の春のような――あるいは冬を目前にした最期のひだまりのような、穏やかで寂しい日々。

いつものように、ベッドから動けない真理に物語を読み聞かせていた、ある夜。


新司:「こうして、二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

真理:「はぁーよかった。聞いてる途中、ハッピーエンドじゃないのかと思ってハラハラしたわ」

新司:「僕が君に聞かせるお話は、全部ハッピーエンドだよ。今までだってそうだったでしょ」

真理:「そうね。でも、たまにはバットエンドとかビターエンドみたいな話も聞きたいわ」

新司:「悪いけど、僕はそういう話を読むの、苦手なんだ」

真理:「無理強いなんてしないわよ。

真理:私はあなたがこうやって私に付き合っていろんな物語を読んでくれるだけでいいの。

真理:小説を読むのも億劫で、絵本をめくるのさえ精一杯のこんな体じゃ、私はもう出かけたりなんてできないだろうし。

真理:あなたがいろんな物語を聞かせてくれて、それで私は、いろんな世界に旅立っていける。それでじゅうぶん」

新司:「出かけたりできないなんて言うなよ。きっと身体も良くなって、いつか旅行にだって行けるさ。

新司:確かに、すぐってわけにはいかないかもしれないけど、そのころには、月面旅行だって出来るかもしれないよ」

真理:「月か。そういえば、まだ月には行ったことなかったわね」

新司:「じゃあ、明日は月に行く物語にしよう」

真理:「宇宙飛行士の話とかよりも、もっとロマンチックなやつが良いな」

新司:「ファンタジーだね」

真理:「しかも、この世で他にないような、オンリーワンでオリジナルの素敵な物語」

新司:「中々難易度が高そうな注文だ」

真理:「ふふっ。嘘よ。貴方が聞かせてくれるなら、どんな物語でも好きになれるわ」

新司:「いや、その望み、叶えるよ。僕が書く」

真理:「あなたが?うっ―ごほっごほっ」

新司:「っ!大丈夫かい?ごめんよ、僕が急に変なことを言ったから」

真理:「ごほっ――大丈夫。いつもの発作に比べれば、なんてことないわ。ちょっと驚いちゃって」

新司:「本当にごめん」

真理:「謝らないで。大丈夫だから」

新司:「お水、飲む?」

真理:「ううん、大丈夫」

新司:「そっか―――うん。もういい時間だね。体に障るといけない。そろそろ寝ようか」

真理:「ええそうね。今日もあなたおかげで、ゆっくり眠れそうよ」

新司:「薬は飲んだよね?」

真理:「1時間前に」

新司:「よし。じゃあ、おやすみ」

真理:「おやすみなさい。また、あした」

新司:「うん。また、あした」


翌日の夜


新司:「よし。じゃあ今日はさっそく、月に行くお話だよ」

真理:「一日でもうかけたの?すごいわ。あなた文才があったのね」

新司:「読む前から止してくれよ。それとね、書き終わったわけじゃないんだ。

新司:このお話は、今日から毎晩進んでいくようにしようと思ってね。今日は第一話。明日は第二話の予定だよ」

真理:「ふふっ。連載作家さんだ」

新司:「その代わり、一話ごとは短めだよ。長く読んでると、僕が疲れちゃうし、そんなにすらすらお話は出てこないからね」

真理:「いいわ。とっても楽しみ」

新司:「じゃあいくよ。あるところに、仲睦まじい夫婦が住んでいました。

新司:二人は結婚してから喧嘩をすることもなく、とても幸せに暮らしていました。

新司:ただ、あまりに幸せそうだったので、森にすむ嫉妬の魔女に呪われてしまい、妻は歩けなくなってしまいました」

真理:「まあ、とんだ魔女もいたものね。

真理:嫉妬の魔女だなんて呼ばれるくらいだし、きっとこれまでもそうやって、人の幸せを僻んできたのね」

新司:「旅好きだった妻の楽しみが奪われ、生活もままならなくなってしまったことに、夫はたいへん気を落としました。

新司:妻を不憫に思った夫は、妻を支える生活をしながら、街に出た時に行商人から絵を買うようになりました。

新司:風景画です。国を超えてあちこちをさすらう行商人に、行く先々の風景が描かれた絵があれば売ってくれるように頼んだのでした。

新司:旅が好きだった妻に見せるためです」

真理:「素敵な旦那さんだわ。奥さん、ますます好きになっちゃうわね」

新司:「ふふっ、そうなんだ。妻は夫の行いにとても感謝し、二人の愛は一層強く結びつくようになりました。

新司:しかし、それを耳にした嫉妬の魔女はその嫉妬心をさらに燃え上がらせ、とある呪いを、再び妻にかけようと企むのでした」

真理:「本当に意地悪な魔女だわ。ぶん殴ってやりたい」

新司:「妻は呪いにより、重い病を患い、時折せき込むような発作を抱えてしまいました。

新司:ただ、これは呪いによるものなので、歩けなくなったとき同様に薬では治らなかったのです。

新司:妻はもはや、余命幾ばくもない重病人のような生活を強いられるようになり、病床から出ることは叶いませんでした。

新司:それでも夫は、苦しそうな妻の咳を聞くたびに何とかしてあげたいと思い、たくさんの医者や薬師、果ては錬金術師や魔法使いまで、あらゆる可能性を探し求めて奔走しました」

真理:「ほんと、いい旦那さんだわ」

新司:「そこで、夫はついに、嫉妬の魔女のもとを訪れます。

新司:そう、魔女は嫉妬から勝手にこの妻に呪いをかけていましたが、夫婦はこの呪いの原因が嫉妬の魔女によるものだとは知らなかったのです。

新司:夫は嫉妬の魔女に、『魔法でもなんでもいいから、妻を治す方法はないか』と尋ねに行ったのでした」

真理:「あぁそっか。一方的に恨まれてて呪われたとはあったけど、別に目の前で魔法の呪文を唱えられたりしたわけじゃないんだ。

真理:てっきり昔ばなしみたいに、お姫様の前に現れて、変なおまじないとかかけられたのかと思ってたわ」

新司:「君のオーダーは『この世で他にないような、オンリーワンでオリジナルの素敵な物語』だからね」

真理:「ふふっ、先入観って怖いわね。さすが、稀代の連載作家さんだわ。

真理:それで?どうなっちゃうの?」

新司:「今日はここまで。続きは明日だ」

真理:「んー気になるー!うまいところで区切ったわね、先生」

新司:「引きが大事なんだよ。明日も聞きたいって思ってもらわなきゃね」

真理:「なるほどね。まあそんなことしなくたって、私は毎晩のあなたの読み聞かせがたまらなく待ち遠しいのだけど――ごほっ!ごほっごほっ!」

新司:「っ!真理!血が!」

真理:「あーあ、シーツ汚しちゃった」

新司:「そんなのどうでもいいよ。ほら、お水」

真理:「ありがと。(水を飲んで)はぁ」

新司:「薬も、飲めるかい?」

真理:「うん。大丈夫」

新司:「替えのシーツと薬持ってくるから、安静にね。さぁ(上体を支えながら横に寝かせる)すぐに戻るから」

0:部屋を後にする新司と、その背に声をかける真理

真理:「ええ。ゆっくりでいいいからね。わたしはどこにも行かないから―――(新司が部屋を後にして、独り言をこぼすように)ふふっ。仲睦まじい夫婦、か」

0:部屋に戻る新司

新司:「お待たせ。体、起こせる?」

真理:「ありがとう」

0:新司に支えられて上体を起こし、薬を飲む真理。替えのシーツを掛ける。

新司:「っと、これで良し。さぁ、もう一度横に」

真理:「うん」

新司:「明日はもっと短くてもいいかもしれないね」

真理:「それはダメよ。続きが気になりすぎると眠れないわ」

新司:「わかった。でも、ほどほどにね」

真理:「――ねぇシンくん。私、月に行けるかな」

新司:「――大丈夫。僕が連れていくよ」

真理:「ふふっ、楽しみにしてる。じゃ、おやすみ。またあした」

新司:「おやすみ。また、あした」


翌日の夜


新司:「よし、じゃあ昨日の続きと行こうか」

真理:「待ってまし――ごほっごほっ」

新司:「真理!」

真理:「大丈夫だか―ごほっげほっげほっ」

新司:「今日は朝からずっと調子が優れないね。今までで一番ひどいかも。薬も飲んだはずなのに」

真理:「ホントに、げほっ、大丈夫だから、――はぁ、――お話、聞かせて」

新司:「でも、そんな調子じゃ」

真理:「だめ!――ぜったい、今日、聞かせて」

新司:「――分かった。でも、無理はさせられない。早めに休もうね」

真理:「うん、ありがとう」

新司:「それじゃ、いくよ。嫉妬の魔女を訪ねた夫は驚きました。

新司:嫉妬の魔女と呼ばれていた女性は、子供のころよく一緒に遊んだ幼馴染だったのです」

真理:「なる、ほど。急展開、ね」

新司:「夫の方は記憶もおぼろげでしたが、実は魔女の初恋の相手がこの夫で、将来は結婚しようねなんて約束を交わした仲だったのでした。

新司:魔女は一途に夫を想っていましたが、成長するにつれ気恥ずかしさで踏み出せなかった魔女は関係を進展させることが出来ないままで、そうこうしているうちに、夫は今の妻と出会い、恋に落ちたのでした。

新司:同時に魔女は闇に落ち、嫉妬心から呪術に傾倒し、嫉妬の魔女と呼ばれる様になってしまったのでした」

真理:「あーあ。旦那さん、昨日上げた株が大暴落しちゃったわね」

新司:「ただ、夫はそんなこと気づきもしない鈍感男でした。

新司:呪いに詳しい魔女が久しぶりに会った幼馴染だったことに大喜びし、どうか妻を治してほしいと必死に懇願します。

新司:妻が今にも死んでしまいそうで、毎晩寝る時には、目が覚めた時に妻が冷たくなっていないかという恐怖に震え、またあした、と告げてから眠るのだと、涙目に話す夫の姿を見た魔女は激しく後悔しました。

新司:自分が燃え滾らせてきた嫉妬の炎は、陰ながら愛し続けてきた男の一滴の涙で鎮火してしまったのです」

真理:「今の表現、いいわね。好きよ」

新司:「ははっ、どうも。しかし魔女は、自分が呪いをかけた張本人であるとは言いだせず、自分の行いを伏したまま、夫に同行し妻の呪いを解くと約束しました。

新司:魔女と夫は急いで自宅に戻り、魔女は自分が犯してしまった罪と直面しました。

新司:妻はやつれ、肉は削げ落ち、肌は青白く、咳には血が混ざってしました。

新司:魔女は滝のような汗と滲み出る涙をこらえながら、妻にかけた呪いを解きました」

真理:「あれ、ハッピーエンド?まだ、月が、出てきてないわ」

新司:「慌てないで。月はこれからだよ」

真理:「あぁ。早くいきたいな――」

新司:「呪いが解けた妻ですが、身体の調子は良くなりませんでした。

新司:妻の身体はもうすっかり弱ってしまい、本当の病人と変わらないほどでした。

新司:回復するだけの体力はなく、衰弱し、まさに死を迎えようとしていました。

新司:悲しみに暮れる夫と、今までの日々への感謝と別れを告げる妻。そこで魔女は、贖罪のために、妻に申し出ます。

新司:最期に、あなたの望む願いを、私の叶えられる範囲でなんでも叶えると。

新司:妻は言いました。夫が立ち直るまで、どうか寄り添ってほしい、そして、自分を月へ送ってほしいと。

新司:自分の亡骸があると、夫は哀しみを長引かせてしまうから。

新司:月を見るたびに、私との楽しい思い出を思い起こしてほしいから。

新司:冷たくなっていく自分の姿を、夫に見せたくないから」

真理:「あぁ。――とても、よく、わかるわ」

新司:「魔女は妻の願いを叶えます。

新司:虹色に輝く透明な幕が妻を包み、まるでしゃぼん玉のようにふわふわと浮かび上がり始めました。

新司:妻と夫は、互いに愛を伝え、そして涙を流しながらも笑顔で、最後の別れを迎えたのです」

真理:「旦那さん、きっとぼろぼろ泣いたんだろうな」

新司:「今日は、ここまでにしよう」

真理:「だめ。続き、考えてあるんでしょ?もっと、聞きたい」

新司:「だめだよ。顔色がよくない。今日はもう休もう」

真理:「いや、もっと、きかせ――ごほっげほっ、かはっ」

新司:「真理!こんなに血がっ――落ち着いて。無理せず、息を整えて」

真理:「シンくん、わたし、もう、だめかも」

新司:「何を言ってるんだ!また明日、話の続きを聞くんだろ?」

真理:「聞きたいけど、ね。なんだか、身体が重いの。

真理:もう、瞼を上げるのだって、やっとのことで、あなたの顔を見てたいのに、上手く、出来ないの」

新司:「そんなっ――真理!しっかりしてくれ」

真理:「最後に聞いたあなたの話が、バットエンドなのが、すこし、残念」

新司:「バカ言わないでくれ!言っただろ、ハッピーエンド以外は苦手だって。

新司:このあと妻はね、月で月の魔女に会うんだ。

新司:魔法が得意すぎた魔女は、人の心もお金も自由自在で、いろんな人から狙われるのが嫌になって、月で暮らしてるんだ。

新司:それくらい、なんでもできる魔女なんだよ。

新司:その月の魔女が、じつは嫉妬の魔女の魔法のお師匠様だったんだ。弟子の悪行への償いと、妻の健気な愛に心打たれて、身体を治して夫のところに送り返してくれるんだ。

新司:だから、そのあとも妻と夫は、ずっと幸せに暮らすんだよ!だから――だからっ!」

真理:「ふふっ。――ネタバレ、しちゃったじゃない」

新司:「また新しい物語を考えるよ。とびっきりのハッピーエンドで。これから先ずっと、いくつだってお話を考えて、何度だって君に聞かせるよ。だから、目を閉じないで。お願いだ」

真理:「私は、もう、大丈夫。貴方のおかげで、月へ、行けたから。満足よ」

新司:「満足なんてしないでくれ。

新司:もっと話を聞きたいって、明日も明後日も、新しい話を聞いて、新しいところへ旅に出たいって、そう言ってくれよ」

真理:「ごめんね、シンくん。私は、一足先に、月へ、行ってるわ」

新司:「うっ――うぅっ」

真理:「あなたも、いつか、月に来てね。先に行って、素敵なおうち、準備してるから」

新司:「すぐに、追いつくから」

真理:「だめよ。すぐは、だめ。『またあした』じゃ、だめ。

真理:さっきの奥さんと一緒。月を見るたびに、私を思い出して。

真理:そして、たくさん、お話を考えてね。月に来た時に、わたしに、たくさん、きかせてほしいから。

真理:ながいきして、いっぱい、すてきな――おはなしを」

新司:「うん。――うん。わかった。わかったよ」

真理:「私は、奥さんみたいに、あなたの前から、消えてあげられないけど」

新司:「最期まで、傍にいるよ」

真理:「うん。シンくん、手を、握って」

新司:「握ってるよ」

真理:「あったかい。ごめんね、わたし、つめたい?」

新司:「ううん、あったかい」

真理:「そっか。―――シンくん」

新司:「なに?」

真理:「だいすき」

新司:「僕も、愛してるよ」

真理:「シンくん」

新司:「ん?」

真理:「また、いつか、ね」

新司:「うっ、うぅ、うぁあぁああああああああああああああ」


10年後

絵本作家(文章担当、いわゆる漫画の原作)になった新司(ペンネーム:シン)

打合せまでの待ち時間を、編集社の屋上喫煙スペースで月を見上げて待っている

新司モノローグ

新司:医者の余命宣告を受け、そしてその余命を一年と二か月過ぎた、ある夜だった。

新司:真理はこうして、息を引き取った。

新司:あれからずっと、僕は月を見る度に君を思い出す。

新司:いつかその時が来るまで、君に土産話をたくさん用意しなきゃなと考えながら、君と過ごした日々を思い出す。

新司:10年経った、今でも。


考え事をしている新司に声をかける出版社の編集、新司の担当の瑞希。新司より年下の女性。

瑞希:「シン先生!すみませんお待たせしちゃって。どうしたんですか?夜空なんて見上げちゃって。

瑞希:あっ、今日なんか月がよく見える日でしたっけ。なんとかムーンみたいな」

新司:「瑞希ちゃん。なんでもないよ。どう?この前渡した原稿は」

瑞希:「はい!編集部のウケも良かったですよ。さすが、うちで一番の絵本原作って感じです。来週にはイラスト担当の先生との打ち合わせに入れると思います。

瑞希:ところで先生、今年の年末年始って、どこか旅行に行くような予定、あります?」

新司:「いや、特にはないけど」

瑞希:「実はですねぇ、じゃーん!ペアで行く豪華月面旅行の旅!チケットあたったんですよ!

瑞希:いやー月面旅行が懸賞であたるだなんて、2030年キター!って感じですよね!

瑞希:で、先生もしご興味があったら、ご一緒にどうかなーなんて。ほら、取材もかねて!」

新司:「月面――いや、遠慮しとくよ」

瑞希:「えっ――やっぱり、私と二人旅とか、お嫌でした?」

新司:「あぁいや、そういうわけじゃないんだ。ただね、月にはちょっと、先約があるんだ」

瑞希:「先約?」

新司:「あぁ。とても、とっても大事な、約束なんだ」



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