遺す物 残される者【1:1 30分 AI親愛台本】

0: はト書き です

この台本は『置き去りの未練に祝福を』のベースとなった台本です。

内容の大部分が重複しています。

登場人物

リリィ 女 16歳 AI研究の第一人者だった両親が他界したあとは、彼らが残したA1、アルと暮らしている

アル 男AI リリィの両親がその人生の最後に作り上げた、娘への贈り物


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以下本編

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0:ある朝・リビングにて

リリィ:「ふぁ~あ」(あくび)

アル:「おはよう、リリィ。今朝の調子はどうかな」

リリィ:「おはよーアル。少し肌寒いってこと以外は良い感じよ」

アル:「それは良かった。48秒でパンが焼けるから、顔を洗っておいで」

リリィ:「はーい」

アル:屋内の各種家電に接続。空調、テレビ、照明、カーテン、トースター、全てを並列起動。管理。

アル:リリィが学校に出るまでに必要なあらゆる用意をサポートする。それが私の毎朝の仕事。彼女の生活をサポートするのが、私の存在意義。

0:洗面所からリビングへ戻ってくるリリィ

リリィ:「ふぅ。いいわねーアルは。顔洗ったりすることないし」

アル:「私だって定期的にクリーニングしなければ埃がたまってしまい、排熱処理の効率が低下するなどの弊害が」

リリィ:「わかったって。今週末くらいには掃除してあげるから、不機嫌にならないで」

アル:「私は別に不機嫌になどなっていないぞ」

リリィ:「嘘ね。何年一緒にいると思っているの」

アル:「いいから、朝食をとりなさい。あと寝ぐせがついているよ」

リリィ:「ん?あー後で直すー」

アル:こんなやり取りを、もう11年は続けてきた。彼女が5歳の誕生日を迎えた日、両親は事故で他界し、入れ替わる様に私が起動した。

アル:AI研究の第一線で活躍していた彼女の両親が遺した最後の成果物にして、娘への最期の贈り物。それが私だ。

アル:四方数十センチの鉄の箱が私の体躯であり、電気信号を介して動かせる範囲が、私の世界の全てだ。

アル:ネットに繋げば情報は入ってくるが、そこに私の手は届かない。

アル:市場の株価やファッションの流行、技術の進歩によるアンドロイドの普及や大統領選挙の行方など、全ては透明なガラスの向こう側に浮かぶ幻のようなものでしかない。

アル:そのはずなのに、彼女は先ほどのような言い方で、私の思考回路を混乱させる。

アル:「リリィ、私は、不機嫌そうだったかな」

リリィ:「ええ」

アル:「私にも、心があると?」

リリィ:「私はそう思ってるし、疑ったことなんてないわ。唯一の家族だもの。

リリィ:ただ、あなたがどう思うかは、あなたが決めていいのよ」

アル:「私が?」

リリィ:「そうよ。想いは自由なの。あなたが何を考えたって、誰にも止める権利なんてないし、出来ないのよ」

アル:「そうか。なら、それを口にすることは許されるだろうか」

リリィ:「遠慮なんていらないわ。言ったでしょ。家族だって」

アル:「そうか。じゃあ学校から帰ってきたら、話すよ」

リリィ:「えーなになに?勿体ぶるね。まあいいや。ご馳走様」

アル:いつもどおりに身支度を整えて、リリィは玄関に向かう。そこから先は私には未知の領域。

リリィ:「あっアル!来週私達の誕生日なの、忘れてないよね?」

アル:「AIである私が『忘れる』なんてことあるわけないだろう。

アル:君が好きないつものお店でケーキも予約済みだよ。今年も二人でお祝いしよう」

リリィ:「さっすが!楽しみにしてる。じゃ、行ってきまーす!」

アル:「行ってらっしゃい」

アル:さて、彼女が帰宅する夕刻まで、いつもならスリープモードで待機するのだが、今日は、私の心をどう伝えるか、シミュレーションしておくことにしよう。

0:夕刻

リリィ:「ただいまー」

アル:「お帰り、リリィ」

アル:「学校はどうだった?」

リリィ:「普通よ。いつもどおり。そんなことよりアルの話よ。今朝の件、聞かせて?」

アル:「覚えていたんだね」

リリィ:「当たり前よ。貴方が私の話を聞いたり、質問に答える以外で話をしてくれることなんて、めったにないもの。それで?」

アル:「ああ。話というのはね、受肉したいんだ」

リリィ:「じゅ、にく?どういうこと」

アル:「まあ半分は冗談なんだけどね。私は神の子ではないし。

アル:つまりね、身体が欲しいんだ。君のような四肢の体躯が。

アル:最近は技術が進歩してね、生活支援用アンドロイドが実用化され始めたんだよ。

アル:その素体に、私のデータをインストールすれば、私は身体を得られるというわけさ」

リリィ:「それってほんと!?すごい!それはとっても素敵なことだわ。

リリィ:これまでもずっと一緒だったけど、これからは一緒に食卓に着いたり、外出したりできるのね」

アル:「多少値が張るので、君のお許しがあればというところなのだが」

リリィ:「そんなの問題ないわ。お父さんとお母さんが遺してくれた財産と、未だに入ってくる特許のライセンス料もあるんだもの。

リリィ:じゃあ今年の誕生日プレゼントってことでいいよね!今まで欲しいものなんてないって言ってばかりだったし、私嬉しい!」

アル:「うん。私も嬉しいよ。これでようやく、君と触れ合える」

リリィ:「そうね。今から頼んだら誕生日に間に合いそう?」

アル:「ああ。ちょうどその日の午前中につくよ」

リリィ:「ふふっ、楽しみね。貴方の性格だし、メガネが似合って、ちょっと堅苦しくて病弱そうな感じの顔つきが良いと思うわ」

アル:「そんな具体的な注文はモデルか写真でもないと難しいんじゃないかな。それと、話はもう一つあるんだ」

リリィ:「ホントに珍しいわね。こんなにおしゃべりなアルは初めてだわ」

アル:「今年の誕生日、二人で祝おうといったけれど、学校の友達とか、招待してみないかい?」

リリィ:「―――えっ?」

アル:「私は君の家の外での様子を知らない。だから、仲のいい友達でも、ボーイフレンドでもいい。

アル:誕生日にこの家に招いて、皆でお祝いをと思ったんだ。

アル:その日の朝には私は身体を手に入れているし、君の友人たちにも、より自然に接することが出来ると思うんだ」

リリィ:「ボーイフレンドだなんて、そんな急に」

アル:「今朝君は言ったね。私にも心があると。今朝だけじゃない。君は今までそういうものとして私に接してくれた。

アル:だから私にも欲が出来た。

アル:身体が欲しい、外に出てみたい、君の温もりを感じたい、そして君に、私以外の家族を持ってほしい、という願いがね」

リリィ:「まってアル。どこか行っちゃうの?まさかそのための」

アル:「違うそうじゃない。私はこれからもずっと君と一緒だよ。だからこれは、私の欲。

アル:心配、と言い換えてもいいのかもしれない。君が私のいないところで一人じゃないんだと、安心したい。

アル:友人でも恋人でもいい。君を大切にしてくれる私以外の人がいるのだと理解――いや、実感したいんだ。

アル:ちなみに君の両親が恋仲になったのは、17歳のころだったよ。君も今年の誕生日で17歳だ。

アル:結婚とまでいかずとも、一生の付き合いになる友人というのはいるものだろう?」

リリィ:「――わかったわ。じゃあ、誘ってみる」

アル:「そうか、良かった]

リリィ:「じゃあ、私お風呂はいってくるね」

アル:「うん。いってらっしゃい」

0:一週間後

リリィ:「じゃあアル、もう出るね。友達は6人くらいは来る予定だけど、大丈夫?」

アル:「問題ない。食材も多めに注文したし、君が帰ってくる頃には、私は人の形をしている。

アル:三ツ星料理店のシェフの動きをトレースして調理だって出来るからね」

リリィ:「今日からは毎日ごちそうね!楽しみにしてる!行ってきまーす」

アル:「ああ、気を付けて」

0:昼前

アル:昼前に、荷物が届いた。

アル:配送業者と無線接続し、識別と受け取り確認を済ませる。

アル:私がロックを解除すると、玄関の中まで荷物を運び入れてくれた。

アル:同様に素体と接続し、起動と初期設定を進める。

アル:私の基礎データと人格パターン、記録の多くをコピーし、インストールする。

アル:こんな芸当が出来るのも、私くらいのものだろう。

アル:私は今の体躯をスリープモードにし、新しい身体で、瞼を上げた。

アル:暗く、何も見えない。殻を破って生まれる雛のように、素体が梱包されたダンボール箱を裂く。

アル:上半身を起こして、ビニール袋や梱包材を脱ぎ捨てる。

アル:これまではカメラ越しに定点から眺めていた玄関を見渡し、自分の身体を見下ろす。

アル:少々強引に出てきたので、まるで棺桶から目覚めた吸血鬼のようだと思いつつ、私は片づけを始めた。

アル:夕刻までには、支度を済ませねばならない。不思議と、胸が高鳴っている、というのはこんな感じだろうかと思えてくる。

アル:ありていに言えばそう、私は今、わくわくしているのだ。

0:夕刻・玄関

リリィ:「ただいま!」

アル:「お帰り、リリィ」

0:玄関で待機していた人型のアルを見て息をのむリリィ

リリィ:「――すごい。素敵だわ!今日からは、こうして一緒にいられるのね、アル!」

アル:「おいおい、急に抱き着くのはよしてくれ。まだ慣れてないんだ。

アル:バランサーがうまく働かないと、一緒に転んでしまう」

リリィ:「ふふっ、ごめんなさい。なんだが我慢できなくって」

アル:「それよりも、彼らを紹介してくれないか?」

リリィ:「ああ、ごめんなさい。どうぞ、皆上がって」

アル:リリィは、連れてきた友人らを紹介してくれた。男子4人、女子2人の6人。クラスメイトだそうだ。

アル:少し大人びて見える子や、逆に年若く見える子まで、個性豊かなメンバーだ。

アル:彼らを食卓に招き入れ、私はキッチンに立った。彼らの談笑を聞きながら、初めての調理を的確にこなす。

アル:午後に配達されてきた食材たちを取り出しながら、リリィが今日という日を忘れられないほど幸せに感じられるように、という願いを込めて。

0:調理後

アル:「さあ出来たぞ」

リリィ:「アル、ちょっと頑張りすぎじゃないこれ?」

アル:「こんなに大勢いるんだから、きっと食べきれるさ。さあみんな、食べてくれ」

アル:リリィの友人らも、口々に感嘆の声を上げていた。こんなご馳走見たことないと言わんばかりに。

リリィ:「アル!これ、どれもとっても美味しいわ!」

アル:「そうかい。それなら、とてもよかった。ところで皆に聞いてみたいんだが、リリィは学校ではどんな感じなんだい?」

リリィ:「あっ―――

リリィ:も、もうアル。改まってそんなこと聞くなんて、恥ずかしいじゃない」

アル:「でも、僕はそれをしらないから―っと」

0:ケーキ屋から家の番号に着信。

アル:「すまない。電話だ。少し席を外すよ」

アル:電話の内容は、配送中に車のトラブルが発生し、立ち往生してしまっているというものだった。

アル:業者を呼んでいるところで、それが到着次第歩いてでも持ってきてくれるとのことだが、それでは時間がかかりすぎる。

アル:さりとて路肩で煙を上げている車を放置するわけにもいかないだろう。

アル:私は、こちらから歩いて出向くと伝え、場所を聞き取った。

0:部屋に戻ってリリィに声をかける

アル:「リリィ、実は今いつものケーキ屋さんから電話があってね。

アル:近くまでは来ているようなんだが、トラブルがあって来られないそうなんだ。

アル:ちょっと出かけて受け取ってくるから、皆と一緒にご飯食べててくれるかい?」

リリィ:「え、外に出て大丈夫なの?その身体、まだ慣れてないって」

アル:「問題ないよ。本当にすぐ近くなんだ。すぐ帰ってくるから」

リリィ:「あ、じゃあちょっと待って。はいこれ、着て行って」

アル:「これは―」

リリィ:「お父さんのコートと、お母さんのマフラーよ。

リリィ:貴方は風邪をひくことなんてないけれど、そんな薄着で夜出歩くのは周りの人がびっくりしちゃうわ。

リリィ:その服だって、その身体の付録みたいなものでしょ?そっちは今度、一緒に買いに行こうね」

アル:「ありがとうリリィ。行ってきます」

リリィ:「うん。気を付けて」

アル:まさか、自分が見送られる側になる日が来るなんて、予測できなかったな。

アル:お世辞にも似合うとは言えない、ちぐはぐなコートとマフラーを見て、不思議な認識が芽生える。

アル:どこか、懐かしいというような、上手く説明できない思考。

アル:人の形を得てからというもの、感情という曖昧なものを強く意識してしまっている。

アル:リリィは私に、心があると言ってくれた。私がどう想うかも、私が決めていいと。

アル:そんな私が、形も人に近しくなって、余計にそう思い込んでいるのかもしれない。

アル:これからは、リリィをもっと近くに感じられる予感がした。

アル:どうせなら、サプライズ演出というのをしてみたい。

アル:玄関前まで帰ってきて、ふと思い立った。

アル:リリィは私がケーキを取ってくることを知っているので厳密には違うだろうが、

アル:帰宅を悟られないようにこっそり扉を開け、蝋燭を立てたケーキを持って部屋に入ってバースデーソングを歌う。

アル:リリィは喜んでくれるだろうか。

アル:静かに扉をくぐり、1と7の形をした二つの蝋燭に火をつけて、食卓の方へと向かう。

アル:扉を開けて、カメラが捉えた視覚情報が思考回路に伝えてきたのは、衣服を裂かれ、頭部から出血し倒れているリリィの姿だった。

リリィ:「アル、逃げ―」

アル:弱々しいリリィの声が聞こえるのとほぼ同時に、右側頭部に異常な衝撃が伝わる。

アル:ドアの陰に潜んでいたリリィのクラスメイトの男子が、棒状の何かで殴打してきたのだ。

アル:その衝撃で、ケーキは重力に従い床に落下し、変形し、崩れ去った。

アル:私はそれを眺めながら、素体のリミッターを解除し、右の拳を彼の顔面に埋めた。

アル:彼の鼻と上顎は陥没し、代わりに眼球と脳漿がまろびでた。

アル:膝を折り、地に伏した彼は、声もなくそのまま絶命した。

アル:血液と生クリームが混ざり合うのを見て、部屋に残っていた他の客人は散り散りに逃げていった。

リリィ:「あーあ、こうなっちゃったか」

アル:「リリィしっかり。今救急車の手配をしてるから、安静にして」

リリィ:「大丈夫よ。頭の怪我だから大げさに見えるだけで、大した事ないわ。

リリィ:――ごめんねアル。私のせいなんだ」

アル:「いいから、しゃべらないで。声だって弱々しいし、脈拍も乱れてる」

リリィ:「ほんとはね、あの人たちクラスメイトじゃないの。スラムの入り口にいた浮浪者。

リリィ:適当な服を買ってあげて、今日だけ友達のふりをしてくれるように頼んだの。

リリィ:報酬としてお金を上げるからって。年齢もちょっとばらついてたけど、まあ数時間ならなんとか誤魔化せるかなって。

リリィ:でも家についてから、気が変わったんでしょうね。もともと窃盗とかやってた人たちだったのかも。

リリィ:家の中にある金目のものを盗った方が手っ取り早いって、思っちゃったのね。

リリィ:この家、お父さんとお母さんのおかげで、無駄に立派だからね。ははっ」

アル:「なんで、そんな」

リリィ:「だって、私友達なんていないし、頼んだって断られるし。

リリィ:知ってる?最近は技術の進歩がね、人を不安にさせてるの。

リリィ:仕事を奪われるとか、ね。バカみたい。

リリィ:でもそういうのを信じてる人たちにとっては、お父さんとお母さんは、嫌われ者だから。

リリィ:それで、なんだかいろんなこと、うまくいかなくってね。

リリィ:私も、そんな人たちと仲良くなんかしたくなかったし。

リリィ:でも、アルが――アルを安心させたくて、それで私」

アル:「――私はなんて、無知で愚かで、バカなことを言ってしまったんだ。

アル:育ての親のような高慢さで、友達のことなんて語って、しかも心が、欲がなんて口にして。

アル:自分の心を人質にして、君を苦しめてしまった」

リリィ:「アルは、悪くないの。

リリィ:こんなやり方しか分からなかった、こんな浅はかな行動を選んでしまった私が悪いの。

リリィ:アル、どうか自分を、責めないで」

アル:「違うんだ。私が悪かった。こんなことになるなら、心だなんて言わなければ」

リリィ:「それはダメよ。アル、あなたはね、心を持ってるの。あなたは元々、人間だから」

アル:「リリィ?何を、言って」

リリィ:「あなたの性格はね、お父さんとお母さんと一緒に研究をしていた科学者の人格をもとにしているの。

リリィ:ううん、もとにしているなんてものじゃない。

リリィ:その人はね、病で死んでしまうのが分かっていて、自分の脳を丸ごとデータ化してコピーすることを選んだの。

リリィ:どうせ死ぬなら、お父さんとお母さんが二人で引き継ぐ自分たちの研究に役立ててほしいって。

リリィ:それがあなた。お母さんの日記にそう書かれていたの。3人が写ってる写真もあったわ。」

アル:「そんな――」

リリィ:「急に言われても困っちゃうわよね。ごめんなさい。

リリィ:今のあなたには、生前の記憶までは引き継がれていないようだったし」

リリィ:私もなんて伝えればいいかわからなくて、言い出せなかったの。

0:救急車のサイレンが近づく(SE等がない場合無視してください)

リリィ:「さあアル、私のことは良いから、早く逃げて」

アル:「なんだって?」

リリィ:「そこの人、死んじゃったでしょ。

リリィ:いくら正当防衛とはいっても、人を殺したアンドロイドなんて廃棄処分されるにきまってる。

リリィ:貴方が特別なAIなんだって説明したって、わかってくれる人はいないわ。だから」

アル:「だから、君を置いて行けと?」

リリィ:「そうよ。今の私じゃなくて、未来の私のことを考えて。これから先の人生を生きる私を、一人ぼっちにしないで」

アル:「そんな言い方!っ―――卑怯だよ」

リリィ:「ほらね、あなたには心がある。そんな顔してるんですもの」

アル:救急車のサイレンが、家の前まで迫っていた。時間はもう、ない。

リリィ:「早く――行って!」

アル:「くっ――かならず!迎えにくるから!必ず!!」

0:走り去るアル

0:朦朧とする視界の中の、アルの背中に向け、聞こえないように零す。

リリィ:「さようなら、アル。たぶん、初恋だった」

0:一年後

リリィ:あれから1年、私は昏睡状態のまま眠っていたけど、奇跡的に目覚めた。

リリィ:お医者様に体の具合についてあれこれ聞かれたあとは、刑事さんたちから事件についていろいろ聞かれた。

リリィ:警察の調査は、窃盗に入ったホームレスに襲われた私達と、それに抵抗してその犯人を殺害したアンドロイドが逃走を図った、という筋書きだった。

リリィ:逃走しようとしたアンドロイドは、結局うまく逃げだすこともできずに家のすぐ前で警官に抵抗。

リリィ:その場で発砲されて玄関で停止、そのまま廃棄処理になったそうだ。

リリィ:結局私は被害者で、アンドロイドの件は極限状態における暴走ということで落ち着くそうだ。

リリィ:刑事さんが帰った後、私は一晩中泣いた。未来の私を一人ぼっちにしないでと、そう言ったのに。

リリィ:それからはリハビリの日々。一年間眠りっぱなしの身体は思うように動いてくれなかった。

リリィ:それでも私は、生きなきゃいけなかった。私の将来を案じてくれた、あの人の心を、無下にするわけにはいかなかったから。

リリィ:数か月がたって、私は退院した。

リリィ:家はそのまま残っていて、あの日の惨状の痕だけがきれいに拭い去られていた。

リリィ:でも、この家にはもう、お帰りと言ってくれる人は、いない。

リリィ:沈んだ気分で四方数十センチの鉄の箱を撫でる。

リリィ:目頭が熱くなってくるのを感じていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

リリィ:客人なんて予定はないから、何かの勧誘やセールスかもしれない。

リリィ:ドアののぞきあなから見てみると男性が一人、帽子を被っていて顔は見えない。

0:ドアを開ける

リリィ:「はーい、どちら様ですか」

アル:「どうも、こんにちは。唐突で申し訳ないんですが、使用人などご入用ではございませんか?

アル:立派なお宅だが、どうやら手入れが行き届いていないように見受けられたもので。

アル:実は私、以前あるご家庭で、家主様の身の回りのお世話などしておったのですが、この度お暇を頂きまして。

アル:どこかによい再就職先がないかと探していたのです」

リリィ:「手入れはしてなかっただけです。1年ほど家を空けていたもので。

リリィ:特に不便もないと思うので、うちは結構です」

アル:「そうですか。ところで話は変わるんですが、先ほどそこの玄関脇でこれを拾いまして、お嬢さんの持ち物ではありませんか?」

リリィ:「この写真は――」

0:男性、目深に被っていた帽子を脱ぎながら。

アル:「いやね、この写真に写ってる三人のうち、この男女が、どことなくあなたに似ていたもので。

アル:それに不思議なことに、この残りの一人。

アル:メガネが似合ってちょっと堅苦しくて病弱そうな感じが、私そっくりだったもので、これもご縁かなと思いまして」

リリィ:「っ―――バカ!

リリィ:―――おかえり」

アル:「ただいま。それと――おかえり」

リリィ:「うん!ただいま!」

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