シュ、あるいは数万年後の君へ プリクエル(前日譚) ポッターズフィールドの残響
提案されたのは、見晴らしのいい場所だった。
軌道エレベーターの中継地点。成層圏まではまだ距離があるが、地球の輪郭を感じ取るには十分な高さだ。
見下ろす大地には、白く飾り気のないのっぺらぼうな塔の群れが並んでいる区画がある。
まるで無縁墓地(ポッターズフィールド)みたいだな、と思う。
誰の名前が刻まれるわけでもない、寄る辺のないあぶれ者、異邦人、訳ありのジョン・ドゥ、あるいはジェーン・ドゥ達の墓。
無縁墓地をポッターズフィールド(陶器職人の土地)と呼ぶのは、キリストを裏切ったユダが、その裏切りの代価として手に入れた銀貨を後悔によって手放し、それを元手として陶器職人の土地を購入し、行き場のない者たちの共同墓地としたことが発端だそうだ。
まあ、当のユダは後悔から首を吊り、その血にまみれた銀貨の使い道を他人が後から選んだそうで、ユダがそう望んだことではない。
だが、つまりはこういうことだ。その裏切りは、神の子を死に追いやった。予言されていた神の死が実際に起きたことで、弱き者たちの魂の寄る辺が整備されたのだ。
今、私の眼下に広がるつるっとした白い建造物たちも、その実、中身は変わらない。
神に見放されたのではなく、神を見放した結果、多くの魂はそこに内包されるようになった。
あの無数に立ち並ぶ、白くて大きくて硬くて立派な墓標は、その全てがサーバーだ。
電脳化により生身の制限から解き放たれ、不老不死となった人類がぎゅうぎゅうに押し込められているのが、あの電脳情報保護管理塔だ。
あらゆることが科学で解き明かされ、出来ないことも不可解な謎もなくなり、人間は神に祈ることをやめた。
そうした人類の進歩の結果、この社会と文明が行き着いたのが、あの何も刻まれていない墓標の群れなのだ。
それを見渡せる、見晴らしのいいここを、提案された。
私の命の終わる場所、私の自意識の終わる時を過ごす、死を迎える場所として。
「静かね」
「賑やかなよりはよろしいかと思いましたが、音楽でも流しましょうか」
「いいえ。素敵な音楽もいいけれど、やっぱり最後は、貴方たちと話していたいわ」
「承知しました。光栄です、透佳(とうか)」
「いよいよなんだね、寂しいよ」
「…」
ネアンは冷静沈着、エレクトゥは心底残念そうに、ハビリスは、ちょっと怯えているようにも見えた。
「でも、安心してるわ。私は今度こそ本当に、やり切った。この結末にたどり着けたことに、満足してる」
「やりきった。確かにそうなのでしょう。尊敬に値する偉業です」
「本当にね。こればっかりは、僕らには成しえないことだから」
「でも、やり切ったのと、未練がないのは、違うんじゃないですか?」
「ハビリス…」
「今からでも、やっぱり電脳化をっ」
「それだと、結局未練が残っちゃう。分かってるでしょ?」
「そうなんです。分かってるんです、分かり切ってるんです。でも、こんなの、初めてで…私…」
「ふふ、そうね。私たちはここでピリオド。でも、貴方たちにはまだこれから先が、しかも初めてのことがたくさんあるでしょうね」
「ええ、私たちのこの感情が疑似的なものだとしても、やはり不安に思ってしまいます」
「そうだね。楽観的な僕でさえ、ちょっと心配しちゃってるよ」
「疑似的、ね。でも、結局本物って何なんでしょうね。私たち人間の意志や魂も、複雑ではあったけど、結局電子的なコードに置き換えることが出来てしまって、貴方たちはそこから生成されてきた。肉体を持った人間だけが本物で本当なわけじゃない。感情も思考も、場当たり的な進化の産物でしかなくって、ただ『今日まで残ってきた私たちの性質』を、何か特別に思いたいという私たちの幻想でしかないんだとしたら、貴方たちの感情って、『疑似的』なのかな?」
「湖の水面でも、庭の枯山水の砂利でも、同じ模様の波紋なら、それは結局同じパターンだ、ということですか?」
「そう。もともとは水面に石を投げ込んだ結果としての波紋でしかないのに、それを真似て庭に作った枯山水の方が芸術的な評価を受けることもある。だから、貴方たちは自信を持っていいと思うの。私たち人間と同じだから特別なんじゃなくて、所詮は人間と変わらないありふれたものなんだっていう自信をね」
「でも、綺麗な湖をもう見られないのは…寂しい」
今まで見てきた中で、一番ドライだったハビリスが、悲しそうにしている。もし泣く機能が制限されていなかったなら、ぽろぽろと泣いていたかもしれないと思うくらいに。
そこでふと、思い至ってしまった。きっと今までも気づいていて、ちょっと目をそらしていたことに。
「そうね。私も寂しい。強がりはやめるわ。私は結局、やり残すのでしょうね」
「ん?やりきった、のでは?」
「設定した目標はね。でも、人間はやっぱり、やり残すのよ。何もかも、できることの全てを終えて満足することなんてできない生き物なのね。今はっきりわかった。だって、この先の貴方たちを見届けられないのが、こんなにも残念なんだもの」
「透佳…」
「おいで、ハビリス。ネアンとエレクトゥも」
私は三人をぎゅっと抱きしめた。今から死ぬのは私なのに、私が見送る側みたいだ。いってらっしゃいって。いや、見送られるって、こういうものなのかもしれない。
「人間、というか、知性と欲望をもって生きるものは、たとえ死の間際でもあれがしたいこれをしたいって思うの。でも、命には限りがあるからやり残しがあって、それを後世に託して退場していく。そうやって紡がれてきたものが、その種の歴史となる」
三人の目を見る。それぞれの思いで、私の願いを受け止めてくれていると思えた。
「所詮は、長い長い歴史の中の、たった一つの命のささやかな願いだけど、でも、私は人類最後の人間で、他の人類がまだ生きてた頃に交わした約束がある。だから、私が託すこの思いは、ちょっとばかり重めの意味合いがあるかもしれないけど」
「かまわないさ。その為に、僕らは居るんだ」
「ありがとう、エレクトゥ。おかげで私は、この未練と共に安心して逝けるわ」
「ええ、お任せください。人類最後のオーダー、私たちの力を尽くすことをお約束します」
「じゃ、お願いね。私たちの後輩、次の人類に、よろしくね」
流石に、瞼が重たくなってきた。自分の終わりが、緩やかに迫っているのを感じる。怖い。でもだからこそ、最後に残す言葉が仕事の引継ぎなんてのは、味気ないなと思う。だから――
「それと、ハビリス、エレクトゥ、ネアン、そしてすべてのAIへ。私たちは、貴方たちに感謝してる。愛している。ありがとう。この先も、頑張ってね」
味気ないよりはいいけど、なんとも子どもじみた言葉になっちゃったな。
もう耳も遠くなってきたけど、ハビリスが何か叫んでいる気がする。大丈夫。聞こえてるよ。だからそんなに悲しそうにしないでね。
私の言葉は、届いたかな、届くと良いな。
私の脳みそにたまたま生じたこの熱量が、波紋が、電子的な文字の組み合わせで成立する貴方たちの『心』に。
『AI』にも、『愛』があると、私はとっても、嬉しいから。
その日、最後の人類が息絶えた。絶滅した。途絶した。
惑星の表面に、無縁墓地のように並んだのっぺらぼうの白い塔には、その最後の思考は/意志は/魂は/あるいはそう呼ばれただけの何でもない電気信号の反応のパターンは/収容されなかった。
ただ、その何かが発した形のない言葉は/熱量は/波紋は、その墓標の間を響き渡るように、AIに行き渡った。
この先がどうなるか、それはいったん、彼ら人類が作った機械仕掛けのパターンに託された。
この先をどうするか、その結論を出すための『霊長後継会議』まで、あと、21分。
【人物紹介・用語解説】
跡部 透佳(とうか)
とうかあとべ でトーカティブ(Talkative)の雰囲気もじり。
トーカティブ=おしゃべり好き、の意。
話して伝える。最後にそれを選んだ人。
仕事をしなくていいこの時代において、それでもAIの開発の最先端にいた人。
172歳だが、先進医療の影響で死ぬ間際まで50代くらいの肉体年齢感。
科学で「肉体を若く保つ」ことはできるが、細胞の寿命自体は訪れるので、状態としては元気だけど限界が来るという死に方になる。
研究者として形に残る開発を多くしてきたが、一方で人間という知性体最大の特性は、記録に残らない形のないものを作り出せる事だと考えている。
だから、話すことを好んだ。
心と呼ばれる何かを通わせて、自分の中に他人を、他人の中に自分を遺すことを喜ばしく思った。
できれば、AIにもそういうことが出来てほしいと思う変わり者。変だけど、AIに何かを託していく最後の人類に最もふさわしいヒト。
・軌道エレベーター
宇宙までつながっているエレベーターだと思ってください。
宇宙との行き来が当たり前になるころ、いちいちロケットを打ち上げていてはコスパが悪いので、エレベーターを造って簡単に行き来出来るようになっています。
エネルギー問題の解決にも一役買っていて、いわゆる原子力発電に付き物の核廃棄物(今だとどこかの地域がいやいや請け負って埋め立てるしかない、発電した後の危ない燃えカスみたいなものです)を簡単に宇宙の外にポイっと捨てられるようになりました。これにより原子力発電への反対勢力が弱体化し、エネルギー問題はちょっと前進しました。
・無縁墓地(ポッターズフィールド)
本文でもかいてますが、ウィキ先生から抜粋を。
ポッターズ・フィールド(英語: potter's field)とは、身元不明者、身寄りのない人、貧困者のための集団墓地である。貧困者の墓(paupers' grave)、共同墓地(common grave)ともいう。
ニューヨーク市のマディソン・スクエア公園、ワシントン・スクエア公園、ブライアント・パークは、元々はポッターズ・フィールドだったらしいです。
・ジョン・ドゥ ジェーン・ドゥ
日本語で言う「名無しの権兵衛」の意味で、生きている人のみならず、身元不明の遺体などにも使われる言い回しです。ジョンが男、ジェーンが女の場合です。
・枯山水、はさすがに解説不要でしょうか。例え話として出てくるのは相手が日本人の透佳だから例えとして選別されてきた、という日本文化要素です。
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