夏目玲子の回帰~虚空の参道~ あとがき


このページは声劇台本『夏目玲子の回帰~虚空の参道~』のあとがきになります。

概ね

・各キャラクター詳細

・作中設定

・劇中進行補記

・作者あとがき

で構成されています。

それぞれの区切りに************************を挟みますので、ページをスクロールする際にはこちらを目安にしてください。

あくまで作者の中での話ですので、演じるうえで必ずこのページを読み、内容を踏まえたうえで演じなければならないわけではないです。

共演者や、上演時のリスナーにこのあとがきの内容を紹介することはかまいませんが、押し付けないようにご注意ください。

また、当然ながら作中ミステリー部分のネタバレを含みます。

あと、すごい長いです。

************************************

【各キャラクター詳細】

前作登場の「夏目玲子」「有栖川倫太郎」については、前作あとがきと重複する部分もあります。今回と違ってページを分けず、作品の文章にそのまま本当にあとがきとして載せています。

https://seragikakuto.amebaownd.com/posts/21921767

≪夏目玲子≫

■1994.11.1

玲子誕生 さそり座 AB型

研究職の父に似て好奇心旺盛で問いを持つこととそれを解くことに興味を持つ子供時代を送る

■2001

玲子7歳

小学校入学

灼と出会う。しかし、顔も名前も覚えてないし存在さえ把握してない。

■2004

玲子10歳

7/7玲子の母、春奈が他界。享年31.

自殺。原因は若い男に求められるまま応じてしまったことへの悔恨。

母は夫と玲子との家族関係に満足していた。にもかかわらず、求められる喜びと、仕事で忙しくしていた夫への寂しさから過ちを犯す。

表面上では拒みながらも、態度ではどこか赦すような形で関係を持った。

満たされていたのに家族を裏切ってしまった。そのあまりにも自分勝手な罪と家族への罪悪感から、自死を選ぶ。夫は仕事で忙しかっただけで、春奈をとても愛していたし、春奈もそれを知っていたから。特に深い理由のない、欲求と気の迷い、そして後悔が、

幼少期虐待を受けた過去がある母、春奈は、愛されることに飢えていた。

情欲に揺れる中で娘に残した言葉が、「人を愛することがどういうことか、いつかあなたにもわかる時が来るわ」

自殺であることとその経緯は玲子には伏せられているため、玲子はこの時点で母の不倫を知らない。

8/1玲子の父、賢哉が自殺。享年34.

家で首を吊ったため、第一発見者は玲子。

玲子の母の自殺の経緯を遺書から知り、絶望。

妻の不貞への怒りよりも、それらを誘引した自分の不甲斐なさに対する絶望が大きかった。

虐待を受けていた妻の過去を知りながらそれを包み込むことができず、気づくことができず、事が起こる前に赦してあげられなかった自分への失意。

娘である玲子は探求心の塊だったが、それゆえに「なんでお母さんは死んだの?」と日々真顔で詰問してくるようになる。玲子に父を責める意図はないが、父本人はその眼差しに責め立てられているような気にならざるを得ず、病んでいく。

疲れ果てた末、生きる意志を失い(これから先もこの地獄が続くなら今終わったほうがいいという諦観)、首に縄をかけた。

両親の死後、上京し独り立ちしていた親戚の森久保明美に引き取られる。

■2011

玲子17歳

~玲子・回想~

懸想してくるだけの有象無象とは違う感情を持った珍しい男子がいたので、友人になってみた。

聞けば小学生の時から同じ学校にいたらしいが、まったく記憶にないので私にとっては高校からの友人である。というか、初めての友人だ。

憐憫でも、恋慕でもない、ラベリングが難しい感情を向けてくるように思えて、それを知りたいと思った。

入学から一年、そして二年目も過ごし、ああ、私とてザイオンス効果の影響からは逃れられないんだなと思うほどには灼への嫌悪感は無く、好意的に思えてくるようになった。

もしかしたら、こんな相手は今後現れないかもしれない。

ならば、人並みの恋愛はできずとも、情欲が強く身体的反射が起きやすい思春期にやることをやってしまったほうが、経験値を積み、知らない感情を得るにはいいかもしれない。

ほぉ、性の6時間。一般的なカップルはクリスマスイブに行為に及ぶのか。よし、これでいこう。

~ろくでもない回想・おわり~

■2013

玲子19歳

大学では心理学専攻。

ここで出会う恩師に才能を磨き上げられる形で、メンタルトレースを完全に習得する。

この恩師が犯罪心理学の権威で、警察とのパイプを持っており、その縁で大学卒業後に探偵業を始めた玲子に諮問探偵として依頼が舞い込むようになる。

■2017

玲子23歳

大卒後、勤め人として他人に使われるのもな~と思っていたので、恩師の計らいで警察からのパイプをもらえることもあり、探偵業を始める。

無論、ただで認めてもらえるわけもなく、条件として出された未解決事件を2つ、その日のうちに解決して見せた。

以後、警視庁のエリート刑事でも手に余るような不可解な殺人については、玲子にアドバイザーとして意見を仰ぐようになる。厳重な守秘義務を前提とした、民間委託契約という方式で、諮問探偵としての仕事が始まった。

■2018

玲子24歳

~玲子・回想~

やあ、久しぶりじゃないか灼。

そうか、目標を叶えたんだね。おめでとう、と言っておこう。

ん?何を遠慮がちにしているのかわかってしまうからあえて言っておくが、学生の時のことを変に気負うんじゃないよ。あれは私から誘ったんだ。無理もないさ、こんな美少女の据え膳、食わねば男の恥どころか機能不全さ。

それよりも丁度よかった。灼ならこちらも面倒な気遣いは不要だな。

今後ともよろしく、眞道警部補どの。

~ろくでもない再会の回想・おわり~

■2021.6.3

玲子27歳

あまりにも杜撰な自己管理から汚部屋どころかごみ屋敷と化した事務所に、保護者としても建物の管理者としてももう我慢ならんと明美から説教を食らい、かといって散らかっている書類の関係上単純な清掃業者を入れるのも気が引けたため、守秘義務付きの助手ということで学生バイトを雇い、掃除も押し付けようとした。この時点で「自分で片付けよう」という考えはみじんも浮かんでいない。

今日も今日とて明美の説教を食らいかけたところ、仕事があるふりをしてぷらっと散歩に出たところで近場の大学に学生向け求人を出していたのを思い出し、様子を見に行こうと足を向けた。

そこで大学構内でとある不審な噂が出回り、人だかりが出ているところに面白そうだとうきうきで勝手に介入したところで偶然倫太郎に出会う。

■2021.9.30

灼から諮問探偵としての依頼のため、アポの電話あり。

■2021.10.1  【憐憫】

灼が身体損壊連続殺人事件の解決を依頼

■2021.10.3  【憐憫後日談】

灼、玲子に電話し真相を知る

■2021.10.7(木)

玲子事務所にて、倫太郎の遅めの誕生日祝い

■2021.10.18(月) 【回帰】

〖作者メモ〗

セリフは多いし大変だけど、意外と演じるうえではわかりやすいかと思います。かっこいい変人女探偵やりてぇ~って思ったとおりにやってもらえれば。シリーズ通しての主人公でセリフも多く、上演する際には屋台骨となるキャラクターです。ぜひ楽しんでください!

≪有栖川倫太郎≫

■2001.9.27

倫太郎誕生

天秤座

A型

■2004

倫太郎3歳

突出する才能を持つ2歳上の姉がその才覚を現し始める。

ただ、両親は姉を優遇するでもなく、二人を平等にかつ過剰に愛した。

親バカである。

平凡な日常を平凡に送り、自分を愛してくれる姉と両親に当然に懐いて、何を疑問に思うでもなくすくすくと育っていく。

逆に、自分ならではのものはあまりなかった。

同世代の子が好むものを自然と好み、厭う物を嫌悪した。

みんなが喜ぶものに喜び、みんなが悲しむものに悲しんだ。

それが自分の心のうちから生じたものか、周囲がそうだからそう感じたのか

その答えどころかその問いさえも、3歳にはまだ早すぎるものだ。

自分ならではというものを認識しずらかった大きな要因は、「自分に何か特別な才能があるという思考」が、すべての道で先を行く姉を眼前にしているため出てこなかったことにある。

■2011

倫太郎 10歳

何でもできる天才肌の姉に比べ、何も突出したものを持たない自分というものを自覚しはじめる。しかし、それをコンプレックスに思うことはあっても、姉に対して嫌悪感や劣等感を感じることはなかった。それはその姉自身が、そして両親が倫太郎を溺愛していたから。

足りないものがあっても、ただそこにいるだけで私たち家族はうれしい――そういう感情の中で倫太郎は育ってきた。

よって将来にわたって、一等星へのあこがれを抱くこともあれば、自身が六等星であることに辟易することもあるものの、自分自身への否定的な感情はさほど大きくなく、自己肯定感が低いこともない。

いずれ、他者への純粋な、嫌みのない憧れと届かないことへの程よい諦めを持つことのできるようになる精神が、この時点ではぐくまれている。

■2021.6.3

倫太郎19歳 大学2年生

大学構内での不可解な事件に飛び入り参加した玲子と、それに巻き込まれる形で出会う。

玲子は手ごろなバイトが欲しくて出した求人の様子を大学の担当部署に見に来た。あくまで小間使い程度の人材を求めてのことだったが、思いがけず面白いものを見つけることになる。

倫太郎は飲み会の罰ゲームでやばそうな求人に応募しただけで、行くまでそれが玲子の事務所であることには気づかない。

「ほぉ、いらっしゃい。いつかどこかで見たかもしれないし、そうでないかもしれない、平凡な少年」

「あ、あなたはあの時の変なひと…!」

■2021.7.22

遺産にまつわる謎の解明に呼ばれた玲子に付き添って田舎の村落へ。

遺言を意図的に隠す犯人を捉える。

倫太郎を連れ添った初めての謎解明案件。グラウンドゼロ。

■2021.9.27

倫太郎20歳

HPB

■2021.10.1  【憐憫】

灼が身体損壊連続殺人事件の解決を依頼

■2021.10.3  【憐憫後日談】

灼、玲子に電話し真相を知る

■2021.10.7(木)

玲子事務所にて、倫太郎の遅めの誕生日祝い

■2021.10.18(月) 【回帰】

〖作者メモ〗

倫太郎は今回「怒り」がテーマです。だらしない玲子への怒りもありますが、ニュースを見ただけの時点で「こんなひどい事件、許せない!」とマジギレしますし、美波を必要以上に責め立てる玲子にもガチギレします。最後には、自分を大事にしない玲子にも静かにキレてます。

彼は普通過ぎるがゆえに異常だというのが前作から通じるところで、具体的に言うと「普通の人ならこんなこと許せないし怒る」「普通の人は、これから生まれてくるすべての赤ちゃんには幸せでほしいと思う」という普通を『本気で』思っている人だという点です。

だからニュースを見ただけで「許せないですよね」と怒るし、美波のことは許せないけどお腹の赤ちゃんには幸せでいてほしいと『本気で』思ってるので、玲子の行き過ぎた態度に怒るし、美波自身に発破をかけるようなことをいう。あなたが頑張らないと、その子は幸せになれないんですよ!!って。

いわゆる、ほんとにその辺にいる普通の人は、悲惨なニュース見てもどこか他人事でいるのが普通だと思います。「まあ常識で考えて普通そんなことよくないよね」と思ってても、それを本気で思うことは中々ない。でも倫太郎は「一般で言う普通」が「自分の人生のスタンダード」なので、他人事に本気になれる。だからこそ、美波に対して、あなたのお腹の子を応援したいんだ、という熱意が伝わり、美波の「子宮で見たあたたかい夢」「挫けた自分を奮い立たせる宝箱の中の輝きのひとつ」になれるわけです。

そしてそれは、『彼が愛されて育ってきた子ども』として、この場で言わなきゃいけないことだと自分で思ってるので、余計に強めに出てきます。

美波も玲子も過生も「愛されて育った子」ではない。だからここで、母からの愛を受けて成長した倫太郎という存在が、美波のお腹の子にエールを送ることには意味がある。

世の中にはいろんな嫌な思い出を抱えて生きてきた子どもと、そうして大人になった人が大勢いるけれど、確かに親の愛のもとで育った人が何か後ろめたい思いをすることなんてない。どんな親の元に生まれても、幸せな子どもでいられるなら、すべての子どもがそうなったほうがいいに決まってる。そういう『普通』『あたりまえ』を、倫太郎は直球でぶつけてきます。

怒ることさえできないくらい悲しい人生に疲れてしまった人の代わりに怒ってくれる存在、本来そうだったらいいなってみんなが思う普通、その代表として倫太郎が居る。というのが今回のお話です。

≪相座美波≫

■1998.6.23

美波誕生

蟹座

O型

能力はそんなに高くないのにプライドだけは高い父親と気弱でいざというとき以外はしおらしい母親のもとで育つ

■2004

美波7歳

小学校に上がるころに父親が仕事の不振をきっかけにたまったストレスが原因でDVをするようになる。

美波にとっての「家族」という概念へのマイナスイメージが醸成され始める。

母親には愛されていた。

一緒に父からの暴圧に耐える日々の中で、美波を守ろうと必死になっていく母。

まだ家の外での社会の範囲に限度のある美波にとって、母は一般的な意味合い(ただ母に懐き、頼っているという意味)以上に心のよりどころだった。

人の顔色をうかがうようになり、周りの同級生などは陰で自分を疎んでいるのではという感覚を覚え始める。これは自分の家庭が不幸だという自認からくる劣等感が原因。

母だけが無条件に自分を保護し、慈しんでくれる。

その尊敬と、父への恐怖・不満が醸成される小学生時代をを送る。

性格や学校での振る舞いが荒れるようなことはないが、「いい子ちゃん」でいる意味は「母のため」くらいの認識。

■2011

美波13歳

家に帰ることが嫌になり、非行少年グループの一人に偶然誘われたことをきっかけに夜間外出が増えた。

でも別に反抗期ゆえの反骨心や、社会への反発などではなく、単なる逃避で、それさえ母親への申し訳なさで心が晴れきることはなかった。

自分の非行のせいで、母へのDV、自分へのあたりもひどくなる一方。

思春期も相まってメンタル、社会的立場もろもろ不安定になっていく。

父への忌避感は強まり、母からの庇護への依存も減っていった。母を嫌いになりたかったわけではなく、家庭から逃げたい一心で、「自分には関係のないことだ」と思いたかった故の感情。

自覚的ではないが、心のどこかで「母を見捨ててしまっている自分」に罪悪感さえ覚えていた。

だが、もう一方で自覚的なのは、母はここまでされても私を連れて家を出ようとするほど強くはないんだ、という諦めと母への失望。

私を守ろうとする「つもり」はあっても、結局は私どころか自分自身さえ守れていないじゃん。という感情が、思春期故に強く出てくる。

母を嫌いになろうとして、嫌いになり切れないでいた。

■2013

美波15歳

非行少年のうち一人から告白される。実感がわかないまま、「もし自分を大事にしてくれる人が母以外にもいるのなら」と、かなり後ろ向きな理由でOKする。とはいえ相手も同じ年のやんちゃな中学生なので、安寧を求めている美波にとっては、決して理想的な恋愛ではなかった。

■2015

美波17歳

望まぬ妊娠、でも降ろす気にはなれなかった。

発覚してから言えずにいたが、ある日の夜、帰宅すると父が激怒しており、母の憔悴度合いが限界に近い、悲劇の夜が訪れる。

父の暴力からとっさにお腹をかばうような動作をとってしまい、妊娠を悟られてしまう。

激昂状態となった父は暴力をエスカレートさせ、腹を蹴り始める。

止めようと必死になる母は父の背中から組みつくも、振り払われて台所に倒れこむ。隣接する食卓のあるリビングでは、娘を蹴り続ける父。母は台所に寄りかかりながら立ち上がり、手元に包丁があることに気づく。それを握りしめ、背中から父の腹部を刺突。衝撃で父は倒れ、振り返り、傷口に手を当てて大量の出血により掌がべっとりと赤く染まっていることを確認する。

今度は逆に、立ち上がった父が母のもとへ迫り、首を血まみれの手で絞めるが、手が滑って、かつ失血で力が入らなくなる。その間も母親は包丁を抜き差しを、首を絞められながらも3回ほど繰り返し、父は絶叫しながら、母は声にならない声で嗚咽しつつ、互いを殺した。

痛みに蹲り、血の海で最後に見た母は、娘の生存と未来の幸福を無責任に願うような眼差しを向けていた。今際の際の言葉は、「生きて」

通報があり、救助されたものの美波のお腹の子は流産。

高校を中退後、母への贖罪かのように生きることだけは諦められなかったため、バイトは続けていた。

思春期に入り、「どうせ守ってくれない母親」として嫌おうとしてしまったことへの罪悪感。母が命がけで自分を守り、生きてほしいと、最後に告げたという事実。そして思い出す、幼いころ必死で自分を抱きしめて泣いていた、母の姿。

これこそ、母の祈りが呪いに変わってしまった出発点であり、美波にとって将来「子を産む」ことに対する過剰なプレッシャーの原因となる。

つらい現実ではあったが、非行少年の彼は、以外にも律儀に美波を愛しており、不器用なりに支えてくれた。

■2021.2.28

美波23歳(になる年)

二度目の妊娠

相変わらず生活は厳しいけれど、以前と違って望まぬ出産というわけではない。母が命がけで私を守ったように、私もこの子を守る責務がある。と、半ば義務感や使命感が優先する妊娠生活。愛の占有割合が低い状態。しかもそれを自覚している、つまり赤ちゃんへの愛に自信がない。精神面には通常の妊婦さんよりも負荷がかかっている。

通常、妊婦が真っ先に頼る母や親類が居ないため、マタニティ教室などの行政サービスの活用を始める。良き母であるための努力をしなければならないという使命感が、そうさせていた。

妊娠より前には今のアパートに引っ越してきているため、地域の集まり事などで明美と出会い、喫茶「ティアテル」にはよく通っていた。

■2021.9.3

検診のための通院中に交通事故。夫死亡。

■2021.10.7(木)

一件目の殺人

他のマタニティ教室参加者を見ているうちに、精神的な負荷が増大。自身の中の妄執に折れる。

偶然訪れた、幸せそうな見ず知らずの妊婦を殺せるチャンスが巡ってきてしまい、殺害。

妊婦向けの、妊娠中にできる手芸で使う裁断用のはさみを持ち合わせているときに、出会ってしまう。

帰路、人混みが嫌になって、バスから降りた。普段来ない場所、住宅街、角の向こう側で、出勤する夫と見送りで玄関まで出ていた妻、幸せそうな夫婦が見えてしまう。

見送られる夫が乗る車とすれ違い、妻に近づいていく。夫が見えなくなり、玄関をくぐろうとした妊婦に聞こえるように、道端でうずくまって助けを求めるふりをした。

大丈夫ですか?と、自分よりはまだ少しおなかの小さなその妻は、おなかをかばいながらもできるだけ早く駆け付けた。

「助けてください」その気持ちそのものは、嘘じゃない。

少し休んでいってください。そういって好意で自宅に上げてもらい、玄関を閉めてくれたところ、振り返った妻のおなかを刺突。

夜勤から帰った夫が、玄関を開けて目にしたのは、無残にも開腹し、すっかり冷えて黒くなった血液が飛び散って、まるで大輪の花が一つ玄関に開いたような、凄惨な光景だった。花弁の中央には、愛した妻と、いずれ生まれてくるはずだったわが子が、とても人間には見えない肉塊になったまま静かに横たわっていた。

■2021.10.11(月)

一件目の事件は、内容の凄惨さもあり、被疑者が妊婦であることとお腹を刺されたことしか報道されなかった。そのため、月曜時点での行政のマタニティ教室は実施された。妊婦が狙われているとは、世間はまだ思っていなかったから。帰りに、知り合いを自宅に招くと言いながら人気のない路地に誘導し殺害。夕方。

翌朝、犬の散歩に出ていた近所の男性が発見、通報。

二件目以降、世間的にも、「妊婦が狙われている」となり、以降マタニティ教室は休止となる。

■2021.10.17(日)

殺害以降、家の外では普通にふるまっていたが、家で一人の時は精神がぐちゃぐちゃになっていた。この二面性が、美波の恐ろしくも強かなところ。生育環境やこれまでの経験から、悪い意味で、心がぐちゃぐちゃになることに慣れていた。

人格崩壊や二重人格ではない。ただ、そういう時の自分と、普通にしている時の自分を切り替えていただけで、どちらも自分であり、耐えがたい苦痛も、してしまった事に対して当たり前に罰を受けるべきだという理性の働きも、どちらもが美波の中に混在した。

明美から何度も電話があり、留守電を聞いて喫茶ティアテルに行くことを決意する。

■2021.10.18(月) 【回帰】

〖作者メモ〗

美波の名前のモチーフは日本神話に登場するイザナミです。あ「いざ」み「なみ」でイザナミ。日本という国を生み、また多くの神を生んだ、日本神話における象徴的な母神と呼べる存在だと思います。一方で、火の神を産むときにその影響で亡くなってしまい、死後は黄泉の国から死の呪いを振りまくと宣言するような存在でもあります。この二面性が、美波と近いところがあるため、名づけに取り入れました。

また、少し前に最終回を迎えた漫画、「呪術廻戦」における、「新しい自分に なりたいなら北へ  昔の自分に 戻りたいなら 南へ行きなさい」というセリフから、今回過去への回帰を望むキャラクターということで、美波=南という名づけにしました。

キャラクター造形とシナリオが先なので、名づける際に関連性があるものを持ってきたという順番で、神話や漫画ありきで今回のキャラや話を思いついたわけではないです。

母として命を産むものであり、しかしきっかけさえあれば死の呪い、怨念を振りまく女になる。そして、こんなはずじゃなかったのに、と、過去をやり直したいと思う。そんな、か弱い一人の女性が美波です。

演じるプランはいくつかあると思いますが、難しいキャラクターかなとも思います。

先述のとおり、二重人格になるほど壊れてるわけではないけれど、現実逃避癖が思春期からついていたこともあり、醜い自分から目を背けるためにも、日常生活は普通に送っているところがあります。こうした、醜い自分を隠したい、認めたくないと思っているところも、神話の中のイザナミと共通するところです。

夫さえ生きていればまだどうにかなったのでしょうが、もとは非行少年なので、運転も荒く、事故の要因の一つです。夫の両親も子供に愛想をつかしているので、美波から頼ることもできない状況です。この辺は本編中にはないですが、とにかく美波は本当に頼れる人がいなかった。そして、母の命がけの行動で生かされた自分は、この出産から逃げることは出来ない、というプレッシャーもあった。根が真面目過ぎた故に歪んでしまう、思いつめてしまうタイプです。

≪森久保明美≫

■1979.7.4

明美誕生

蟹座

B型

小さい頃は物静かで内気な性格。母親譲りで父もおっとりした性格。

なお、作中の雰囲気は決して「肝っ玉母ちゃん」や「きんきんしゃべるおばさん」ではないです。玲子の肉親だけあってクレバーな面もあるので、少し知性のパラメーターをあげて、包容力もある雰囲気。「おしゃれな丸眼鏡が似合う顔立ち」で伝わりますか?以下に話す男性恐怖症の件がなければ、きっといいお母さんになっただろうな、という人柄です。

あと、玲子がめんどくさがって(+作品として無駄なノイズなので)説明を簡略化していますが、普通の叔母(玲子の母の妹)ではなく、従妹叔母(玲子の母の従妹)です。

■1994

明美15歳

恋愛に対する人並みのあこがれはあったが、特定の相手を作ることなく中学生時代を終える。

■1996

明美17歳

5/14信頼していた男性教師からの強姦被害にあう。

男性へのトラウマが生じる。

高校入学を機に上京しており、頼れる人が少ない中で信頼していた男性教諭が親密さから気の迷いを生じさせたもの。悪意はなくとも、善意の延長にある親愛が情欲に屈することもあるという話。

運悪く妊娠、中絶。

上京している関係で身内がすぐ近くにいなかったこともあり、同じく上京していた玲子の母が相談に乗ってくれ、親身に寄り添ってくれた。

作中ではセクハラ程度でぼかしていますが、結構重めの性犯罪です。

過生は警察のデータベースでこの件を知っているので、動機たり得ると判断して明美をマークしています。

■2004

明美25歳

親戚である玲子の母の死に際し、自分が何かできることはなかったかと自責の念を募らせる。

幼いころ、親戚の集まりで玲子の母と一緒になったときは、年が近いこともあり仲良くしていた。

玲子の母の父親(明美から見て伯父)が厳しい人だったという印象はあり、それでも不満を言わずに過ごしている玲子の母を我慢強い人だと思っていた。

実際玲子の母、春奈は忍耐強く、聡明で、ただし愛には飢えていた。自分と仲良くしてくれる私に良くしてくれるのはそういう背景もあっただろうが、それ抜きで尊敬に値する姉のような存在だった。

強姦被害にあった時も、同じく上京していた玲子の母が面倒を見てくれたことへの恩義もあり、悲しみに暮れていた。

その後、玲子の父、賢哉の死を受けて、残された玲子の処遇について親戚内で話し合いの場が持たれたが、親の死の経緯と玲子の性格から誰も進んで手を挙げなかった。同じく東京住まいということもあり、亡き春奈への恩を返す機会だと思い至った明美は玲子を引き取ることになる。

強姦の一件から男性へのトラウマがあった明美は、結婚してパートナーに頼るような生活を早々に人生設計から除外しており、自身で財を成すキャリアウーマンの道を走り始めていたが、今回の件もあり、突然10歳の子供を預かるならば真剣に面倒を見る必要があると判断し辞職。サラリーマンをやめる。

高校時代の強姦の件で支払われていたが手を付けていなかった慰謝料600万と、春奈の死亡保険金1億(受取人は玲子。玲子を引き取る際に、一緒にもらい受けた。親戚も皆納得している)を自身の資産と合わせて都内にビルを購入。上階を賃貸として貸すことで不労所得を入れつつ、最下層の半地下一階を自身の経営するカフェとしてオープン。

通常、自殺による死亡保険金は入らない(実際玲子の父、賢哉のものは支払い対象外と認定された)が、春奈と関係を持った若い男がほかにも悪質な方法で女性と姦淫していたため、この自殺も男性側に非があり、精神的苦痛によりそうせざるを得ないほど追い詰められたものと判断され、保険金が降りた。

幸い、カフェのマスターは向いていたようで、困窮することなく日々を送っている。自営業をそつなくこなしているあたりも、インテリジェンス高めな持ち前の能力故。

■2011

明美32歳

順調に人並み外れた方向に成長していく玲子のことを心配しつつも、自分自身出産の経験もなければもちろん育児など全くの未知。自分のどうにかできる範囲ではないように思えて仕方ない。玲子は手のかからない子供だったが、当たり前の育児論が当てはまる子でもない。両親の死による精神状態の変化や持ち前の特異な性格からくる、普通とはかけ離れた灰色の青春。まあ自分とて強姦被害のせいでろくな青春は送っていないのだが、それもあって玲子に親代わりとして何をしてあげられるのかわからない。そもそも玲子は自分に「母親の役目」を求めていない。

どう接すればいいか、わからないまま最低限の保護者としての役目を継続する日々。玲子はそのことについて感謝はしてくれているが、ここから先どうなるかは不安で仕方がないというのが本音。

明美もまた、本編で過生が言う「子を想い、不安と戦い続ける親」のひとりである。

■2021.10.11(月)

二件目の殺人で現場を目撃するものの、信じたくないという思いと守りたいという思いがあり、店で使っているノートに、指紋がつかないよう偽の犯人のメッセージをでっちあげて現場に残した。ただし、ノートの切れ端ににコーヒーの成分が強く残っていたため、近隣の喫茶店がマークされることに。

■2021.10.17(日)

事件数日後から様子をうかがう電話を何度か入れ、差し入れと称し美波の自宅へもいった。

そして、倫太郎がバイトに来る日(だいたい曜日が決まってる)とごみのたまり具合などを確認して玲子が下に降りてくることを見越して、美波が明日来るように誘いの電話を入れる。

「先週一度も来なかったから、ちょっと心配になって。ううん。何にもないならいいのよ。体が第一だからね。もし来られるならそうね、明日とか、どう?買い物帰りに寄るだけでも。うん、わかった。待ってるわ。気を付けていらっしゃいね。」

美波は体調が良ければ行く、位の回答だったので、本編中の以下のセリフにつながる。

森久保明美:「美波ちゃん!来てくれたのね。ちょっとまってね、今そっち行くから」

相座美波:「買い物帰りの小休止によらせてもらっているのと、あと、コーヒーの香りが好きで。明美さんには以前からよくしてもらってますし、今日もお声がけいただいて」

なお、明美は玲子が下にくる確率を上げるため、事前に玲子の事務所に物を増やした。物を増やしておけば玲子は勝手に散らかすので、倫太郎がキレて玲子を追い出す確率は上がる。具体的には「そろそろ秋も本番でしょ。寒くなるからこれ着ときなさい」とユニ〇ロのヒート〇ックとかいろいろ買い込んで渡したり、「ご近所の秋祭りで景品もらったの。貰いすぎたから、玲子も消費するの手伝って」とお菓子詰め合わせを渡したり、というのをここ数日で行っていた。玲子が散乱させたポテチはこの時もらったもの。

一方で玲子は明美の意図に気づいており、乗っかる形で倫太郎の掃除を邪魔した。もちろん倫太郎をからかう目的が8割である。酒瓶を転がすまではわざとだが、ポテチの袋を開けるのを失敗してぱーんってやらかしたのは素。ほんとはバリボリ食べて食べかすを巻き散らかす位のつもりだった。何はともあれ、玲子と美波を呼んだあの状況は、間違いなく明美によってセッティングされたものだった。倫太郎は完全に被害者である。

余談だが、倫太郎、能力高めの女に迷惑をかけられまくる星のもとに生まれているのかもしれない。天才肌の姉も幼少期には倫太郎を振り回していた。

■2021.10.18(月) 【回帰】

〖作者メモ〗

明美は上記年表のとおり、ただの喫茶店のおばちゃんじゃないです。もしかしたらバリキャリウーマンだったり、素敵なお母さんだったかもしれないのに、こういう運命をたどってしまって、でも目の前で困ってる若い子(孤独な美波や両親を失った玲子)を見過ごせない!と、大変な面倒ごとを背負ってしまう、そんな存在です。セリフは少なめですが、感情の秘め具合=滲みだし具合が一番おもしろいキャラなので、演じていて面白いキャラクターではないかと思います。

≪過生錠愁≫

出生年月日 不明

本名 不明

40~50代

 

郷愁(故郷を懐かしく思う気持ち。ノスタルジア。)という言葉がある通り、「愁」には懐かしんで物悲しくなったり、昔を思って憂いたりするような意味合いがあります。

「過」去の人「生」への物悲しい懐かしみ=これまで実際に生きてきた自分の「愁」

その「愁」に「錠」をかける=別人、偽名 という意味合いの名前の人物です。

よって、他キャラのような詳細な年表は載せません。そんな人生年表がそもそも存在しないからです。

事件直近から、どうぞ。

■2021.10.11(月)

ノートの鑑識結果からあたりを付けてこの喫茶店へ、営業職のふりをして接触。

コーヒーをこぼしたわけではないが、匂い成分や粉末の長時間かけた付着がみられるという鑑識結果だったため、喫茶店のような場所に長く置かれていたものではないかと考え、近所の喫茶店の店主の女性が独身で過去強姦、中絶経験があることを突き止め、疑っている。

■2021.10.18(月)

最初に席を外した時に電話を掛けたのは灼。想定外の来客だが、もちろんその存在は部署で知られているので、事前情報を求めて部下、後輩である灼に連絡を取った。

「例の諮問探偵、どんな奴だ?」とこっちでは現場たたき上げのベテラン刑事の口調。穏やかではあるが、営業職の「カセイジョウシュウ」の皮はかぶっていない。

教授が誰を指すかは、私の別台本「正義の味」をご覧ください。

https://seragikakuto.amebaownd.com/posts/46200790

〖作者メモ〗

発言の真偽については、以下の通り。

■真

妻と子供たちを大事にしていること、プレゼントにスマートウォッチをもらったこと、ネグレクト家庭で育った過去、結婚に対して思っていたこと含め美波に語ったこと、探偵と初めて会ったこと、犯人が妊婦であることに驚いていること

■偽

営業職であること、二件目の殺害以降で犯人しか知らない状況のうわさ話を聞いたという発言(実際は捜査状況がわかる警察関係者だから知っていた内容。追加の情報を出すことで、玲子が犯人にたどり着けるようにした)

ちなみに玲子がスマートウォッチのくだりで推理する中で、〔過生本人が服装に割と無頓着で、奥さんがシャツのアイロンがけは頑張ってくれている]、のような指摘をしますが、これは本来おかしいとうことにお気づきでしょうか?

本当に客前に出て商品のやり取りや売り込みをする営業職の人間であれば、自分自身が身なりにもっと気を使ってしかるべきです。でも実際は現場主義の刑事なので、くたびれ気味のスーツを着ている、ということです。家族仲が良いという推理の中にしれっと「本当に営業やってるならそこおかしくない?」ポイントがあるという小話でした。

実際は刑事ですが、作中では別人を装っているので、すこしオーバーなくらい紳士的で柔和なおじ様、という位置づけです。最後との落差をつくったり、年表がない分いろいろキャラクター造形を演者さんでご想像いただければ、これもまた演じて面白いキャラかなと思います。

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【作中設定】

■喫茶ティアテル

メソポタミア神話の女神ティアマトとギリシャ神話の女神デメテルからとって「ティアテル」

それぞれイザナミ同様、各神話における母神として有名な神です。

気になる方はウィキとかで見てみてください。

■カセイジョウシュウという名前

 大人気アニメ サイコパスを見てください。シーズン1だけでも。面白いです。

■前作と同じセリフ

「話題のないコーヒーブレイクは退屈」は、読者の皆さん的には「前作で眞道が言っていたセリフ」ですが、実際は過生の口癖であり、それが眞道に移ったもの。読者目線とは順番が前後してるんですね。つまりこの二人に関係があることを示唆しているセリフです。

「パズルのピースが揃った」も、読者の皆さん的には「前作で眞道が言っていたセリフ」ですが、実際は玲子の口癖であり、それが眞道に移ったもの。

眞道がほんとにお人好しで、なついた人の口癖が移ってしまうような素直でかわいいやつだというキャラ造形の表現と、過生との関係性の補強、ひいてはミステリー要素として「急に前作登場の刑事と同じセリフを言ったこの過生という新キャラ、何かあるんじゃない?」という深読みをお楽しみいただくパーツでした。コスタリカ産コーヒーへの反応もそうです。

■コーヒーの香り、古紙の匂い

プルースト効果というのがあり、匂いは過去の記憶と密接に関係しています。今回香りに言及するセリフがいくつかあるのは、過去や思い出というテーマを取り扱う中で、セットになるものだと思っているためです。

「うん、いい香り」 たったそれだけのことが、いい思い出として残ることもある。あるいは関連するいい思い出をより思い出しやすくするガイドになることも。

「懐かしいにおい」ってよく考えると変な言い回しなのに普通に言いますものね。風景(画像・映像)や音(あるいはそれを鳴らす楽器)と違って、簡単かつ正確に記録・保存できないから、客観的に懐かしいかどうか判断するのは難しいはずなのに、言い回しとして違和感ないですよね。ふしぎ。

■振り回される眞道 灼くん

 前作登場の刑事さん。今回は職場の先輩から「例の諮問探偵どんな奴?」って突然電話で聞かれて一応答えて「急に何だったんだ、〇〇さん・・・玲子のやつがまたなんかやらかしてないといいが」と思っていた矢先。

ーースマホに着信・玲子からメッセージ「すぐ事務所に来い。車で。パトカー以外で」

・・・・・・玲子のやつなにやらかした!

別件対応中だったので、ちょっと時間がかかったものの、急いで行ってみたら喫茶ティアテル店外の喫煙スペースで、ちょうどタバコを灰皿に押し当てている玲子が見えた。横には店から出てきた女性が二人。一人はマスターだ。

「おい玲子、なんなんだ急に。前みたいなくだらない理由だったらーー」

「こちら、例の妊婦連続殺人事件の犯人だ。自首を希望している。丁重にな」

「---は?」

玲子は美波に「産道を出た後は厳しい現実が待っている」といったが、実際に店を出て最初に美波を受け止めたのは、『灼』熱とは程遠い、人肌にやさしい温かな産湯だった。

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【劇中進行補記】

各キャラが、進行中の各時点でどういうつもりだったのか、という補記です。

キャラクター相関の参考まで。

以下の記載のうち、演技に反映させたほうがいい場所、別にさせなくてもいい場所、いろいろあると思いますので、自由に拾ってください。

■玲子入店時

玲子・・・明美が自分を自然にここに招きたがっていることには気づいている。

     過生が一般人ではなく特殊な目的を持っていることを初見で見抜いている。

明美・・・玲子が降りてきて第一条件はクリアしたと少し安堵。表には出さない。

過生・・・明美を犯人と疑っている。玲子のことは聞き及んではいたので、少し警戒。

■倫太郎入店時

倫太郎・・・またしても何も知らない有栖川倫太郎さん(20)

■美波入店時

玲子・・・一目で美波の異常性に気付く。

明美・・・二つ目の条件がクリアされたので、ここからは慎重に立ち回ろうと思っている

■三人が戻ってきた後

玲子・・・美波の罪を暴き、明美のシナリオに乗るなかで、自分も殺人犯との雑談を楽しむ気満々。多少雑に扱っても、倫太郎がケアすると思っている。

倫太郎・・・玲子は変人だが明確な嘘を言うことはないので、犯人がいることは疑っていない。

過生・・・明美が犯人だと思っているので、美波が次の被害者候補に挙がってくる。また、灼との電話を経て、少しくらいなら「聞いた噂」として捜査状況を話してみてもいいか、という玲子を試すほうに考えが向いていたが、妊婦の前ではこの話はここまでという流れのため保留。

■過生の言葉

美波・・・罪人である自分にこんなに熱意のある言葉をかけてもらって申し訳ない。

■推理が進み

美波・・・いつか自分は裁かれるし、そうじゃなきゃいけない。そんな現実から目を背けて、「もしこのまま何事もなくこの子を生めたら」なんて都合のいいことを考えていた。でも、この探偵さんが夢から覚ましてくれる。やっと、ここで、終われる気がする。と思いながら、推理を聞いている。もちろん、犯人として逮捕される絶望的な暗い感情もあるが、やっと肩の荷を下ろせる、という安堵や諦めも混在している感情。そのため、犯人の動機である「怖かったのかも」というのも自然と言ってしまった。良心の呵責と楽になりたいという思いが吐き出させた言葉。

倫太郎・・・推理が進み、美波がそうだとわかるにつれて、そうであってほしくはない、という思いもあり、一方で、失った命や過去はもうどうやっても戻れないし、今後世界中から非難される彼女のことを思うと、まず優先すべきはこれからの「未来の話」お腹の中の子だという思いを持つ。

過生・・・美波が犯人だということを暗に示す推理展開と否定しない本人を前に、それを信じ切れず、少し動揺しながらも、「親の先輩」として、今言えることは伝えてあげたい(むしろ殺人犯だと確定的にわかってしまうとそんな言葉を掛けてあげられる自信がないので)と思っている。

明美・・・最初から犯人が美波だとわかっているので、沈痛な面持ちで事態を見守っている。犯人を知っているので、倫太郎のような動揺も、過生のような驚きのリアクションもない。(ここ、初見の読者の方は、なんで明美さんは「そんな!美波ちゃんが!?嘘よ!!」みたいなリアクションないんだろう、と思うかもしれませんが、こういうことです)

■生命に関する法解釈

玲子・・・赤子殺害の直接的なイメージを想起させて感情の波を引き出すつもり。

美波・・・玲子の想定通り、殺害シーンを思い起こしてしまう。

これにより、玲子はあとでトレースするときの材料を確保しています。

■タバコを吸いに出る玲子

玲子・・・あとのケアは倫太郎君がやるだろう、というのと、自分が居てはそれが出来ない(うまくいかない)という判断で外へ出る。タバコが吸いたかったのもまあ本当ではある。

過生に対して「出る幕はない」といったのは、彼が警察関係者であることを察した玲子が『相座さんは自首するし、迎えには灼が来るから、あなたは動くな』というメッセージ。

過生・・・玲子の発言から、素性がおおよそバレていることを察しての驚きがセリフにならない声として出ている。

■『今日の』黒幕

玲子・・・ネタバラシの時間。倫太郎とのゲームをダシにして、通報しないことにした、と明確に告げる。

明美・・・やったことの重大さはわかっており、自分も捕まるつもりでいた。玲子なら、身内だろうが遠慮なんてしないとも思っていた。自分が、玲子に育ての母として大事にされているとも思っていなかった。ただ、美波がどいういうつもりか、美波に負担や負い目を感じさせることはお腹の子のためにもならない、ということを玲子や倫太郎の言葉から感じ取り、秘することにした。

実際には、玲子は明美が思うよりずっと、明美に感謝している。

倫太郎とのゲームを言い訳にした、ダメな母を赦す親孝行の一幕でもある。

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【作者あとがき】

米津玄師さんの『amen』いい曲ですよね。

ここまでお目通しいただいた皆さん、お付き合いいただいてありがとうございます。

面白かった~って思ったら、「夏目玲子おもしれ~」ってツイッター(X)でツイートしておいてもらえると嬉しいです。いいね押します。

長らく間が空いてのシリーズ化、ということで、夏目玲子の二作目を公開しました。

探偵ものとして、ミステリー要素を前作より強めに、かつシナリオ性も高めて、芝居して楽しいキャラクターを造形するぞ!とやっていたら90分越えの本になってしまいました。が、作品としては十分お楽しみいただけるものをお届けしたつもりでおりますので、ご愛読いただけますと幸いです。

まあこれだけ凝った内容で、セリフ一つ一つも長め、5人で90分なので、見つけてすぐやろうとなる本ではないと思います。これは謙遜ではなく、もっと短くもっと簡単でもっと少ない人数だった前作「夏目玲子の憐憫」でさえそう言われまくっていたので、当然そうなる、という話です。いまだに居られますよ、憐憫気になってるけど上演にたどり着けない、みたいな方。もう新作が出たこの流れで両方やるしかないですよ。

書いた側としては、せっかく巡り合ってくれて、目で読んで楽しんでくれて、やりたいとまで思ったのに、上演にたどり着けないってそんなもったいないことある?というのが素直な感想です。これは「せっかく書いたから聞きたい」という思いは僅かで、「上演したらきっとめちゃ楽しい思いをしてもらえるのにな~」の方がメインです。勇気をもって「夏目玲子やってみたい」ってツイートなどで発信してみてください。自分が見てる範囲では、リプ欄に同じ思いの人がすっと集まってくることもありました。まあもちろんその方の人脈前提なので、それがないという場合はこの台本をやるために人脈を作ってください。無茶ぶりですけど、それくらい高いハードルがあるのも事実ですけど、きっと楽しんでもらえると思ってます。

やっとたどり着いた初演でもきっと、セリフ噛んだり読むのに一生懸命でうまくいかなかったりすることもあると思います(憐憫がそうでした)。なので、人脈作ったあとは演者としてレベルアップしてください。この本はRPGで言うところの高ランククエスト、モンハンで言うG級とか極個体とか歴戦王みたいなもので、挑戦する人を試す一方で報酬、うまくいったときの『うまみ』『達成感』『楽しさ』みたいなものも比例して上がっていくものです。ぜひ装備と仲間を揃えて、頂点の景色を見に行ってください。最近の声劇界隈におけるミステリーっぽいジャンルの台本において、頂点に連れていけるだけのポテンシャルはあるシリーズだと、私は勝手に思ってますので、対戦よろしくお願いします。


さて、今回のお話は、小難しい話をしてますが、メインテーマにあるのは、すべてのお母さん、厳しい現実を頑張る人への応援であり、すべての子どもたちは親に愛され、懐かしむことのできる過去・素敵な思い出をもって大人になってほしいという内容です。

不安に押しつぶされて過ちを犯しても、どんなにスタートの状況が悪くても、どんなに厳しい現実がそこにあっても、歩みを止めないだけの理由になるような自分の胸の中だけのやさしい思い出があれば頑張っていける。なくても、無責任に背中を押してくれる善意の他人が、どこかにいて、応援してくれるかもしれない。そんな、善意の他人の勝手な思いが詰まった物語です。

こうやって思っている私の思いも、思ってるだけの思いなので、何の力にもならないかもしれないけれど、物語や虚構、幻想には、確かに現実の人間を突き動かす力があるはずだと信じて疑っていないタイプの人なので、このお話が、読んでくださった、あるいは演じてくださった、あるいはそれを聞いてくださった方の思い出の1ページとして、何かのエネルギーになればいいなと思っています。今回、フィクションとリアル、虚構と現実、夢と現実、みたいな対比表現が多いのもその辺の表れです。

人間はみんな、頑張っているし、どんな辛い時も、どんなくだらない理由でも、歩いて行かなきゃいけないから。

たまに足を休めることのできるあたたかな思い出が、皆にありますように。

刹羅木劃人

刹羅木劃人の星見棚

一つの本は一つの世界、一つの星。

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